メッセージ - 201510のエントリ

金曜徹夜祈祷会 礼拝説教メッセージ

実りを豊かにさせるためには(レビ記19:23-25)
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早天祈祷会

口に入れるものよりも、口から出るものの方を断食せよ(イザヤ58:3-12)
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早天祈祷会

約束のものを得るために必要なものは、忍耐である(創世記25:19-26)
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ゲラの子シムイに対するダビデの対応(2サムエル記19:16-23)
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ダビデ達が、逃亡先のマハナイムから、首都エルサレムへと帰還するにあたり、彼らを真っ先に迎えに来たのは、意外な人物であった。


『バホリムのベニヤミンびと、ゲラの子シメイは、急いでユダの人々と共に下ってきて、ダビデ王を迎えた。一千人のベニヤミンびとが彼と共にいた。』(2サムエル記19:16-17)
覚えているだろうか。ゲラの子シメイは、ダビデ達が悲しみの内に都落ちしている所に現れ、一行にさかんに呪いの言葉を吐きつつ、石を投げ続けた彼である。
彼は、千人のベニヤミン人を連れて来た、という事は、サウル家の中でも、かなりの力があったのだろう。

その彼は、今、真っ先にダビデの前に現れて、さかんに命乞いをしている。
『どうぞわが君が、罪をわたしに帰しられないように。またわが君、王のエルサレムを出られた日に、しもべがおこなった悪い事を思い出されないように。どうぞ王がそれを心に留められないように。しもべは自分が罪を犯したことを知っています。それゆえ、見よ、わたしはきょう、ヨセフの全家のまっ先に下ってきて、わが主、王を迎えるのです。』(2サムエル記19:18-20)

かつてシムイがダビデを呪い石を投げつけていた時、ダビデは言った。
『彼を許してのろわせておきなさい。主が彼に命じられたのだ。主はわたしの悩みを顧みてくださるかもしれない。また主はきょう彼ののろいにかえて、わたしに善を報いてくださるかも知れない。』(16:11-12)
ダビデは、泣きっ面の所に蜂が来たようなこの状況においても、主は必ず省みて善を報いて下さる、と信仰告白をした。
今、まさに彼が信じた通りに成っている。

私達も、主によって低くされている時は、忍耐しつつ御前でへりくだり、主は必ず最善を為して下さる、という期待と信仰を持ち続けるなら、主は丁度良い時に引き上げて下さり、呪った者を目の前に連れて来させ、ひれ伏させて下さるのだ。
『わたしは、あなたのわざを知っている。見よ、わたしは、あなたの前に、だれも閉じることのできない門を開いておいた。なぜなら、あなたには少ししか力がなかったにもかかわらず、わたしの言葉を守り、わたしの名を否まなかったからである。見よ、サタンの会堂に属する者、すなわち、ユダヤ人と自称してはいるが、その実ユダヤ人でなくて、偽る者たちに、こうしよう。見よ、彼らがあなたの足もとにきて平伏するようにし、そして、わたしがあなたを愛していることを、彼らに知らせよう。
忍耐についてのわたしの言葉をあなたが守ったから、わたしも、地上に住む者たちをためすために、全世界に臨もうとしている試錬の時に、あなたを防ぎ守ろう。』(黙示録3:8-10)

『ゼルヤの子アビシャイは答えて言った、「シメイは主が油を注がれた者をのろったので、そのために殺されるべきではありませんか」。ダビデは言った、「あなたがたゼルヤの子たちよ、あなたがたとなにのかかわりがあって、あなたがたはきょうわたしに敵対するのか。きょう、イスラエルのうちで人を殺して良かろうか。わたしが、きょうイスラエルの王となったことを、どうして自分で知らないことがあろうか」。こうして王はシメイに、「あなたを殺さない」と言って、王は彼に誓った。』(2サムエル記19:21-23)
ダビデは、この者に復讐したい気持ちは、あったかもしれない。
しかし、彼は誰よりも先にダビデを迎えに出て来た、というのもまた、紛れも無い事実である。
そんな彼を、無下に殺してしまったとしたら、王国の民の間で「真っ先に迎えに来た人を殺した」と、衝撃が走ったであろう。
そうなると、先にせっかくアマサへ示した憐れみの抜擢も、無に帰してしまう。
上に立つ者は、自分の感覚だけで生きてはならず、臣下の心を萎えさせたり、躓いたりしないように気をつけて生きなくてはならないのだ。
それ故、上に立たされた人は、主に知恵を求める必要がある。

シメイはこの時、確かにダビデに赦された。
しかし彼のような者は、表に出ない所でどんな陰口を流すか分かったものではないし、いつ手のひらを返して裏切るか分からない。
彼は、とてつもなく無礼な事をダビデにしたが、絶妙のタイミングで絶妙の事をしたため、赦され、命は救われた。
しかし、王権がソロモンへ改まった時、彼はソロモンの言葉どおりに徹しなかった故に、殺される事になる。(1列王記2:36-46)

ダビデは、赦しと憐れみに満ちた王である。
人の中には、その赦しと憐れみを逆手に取って、うまくやりくりする人もいるかもしれない。
しかし、やがて時が改まる時、闇に隠れていた事は全て光の内に照らされ、心の内に秘めていた事も全て露わにされ、正当なさばきが執行される。
これは、王の王であるキリストが再臨される時にも、同じである。
『だから、毒麦が集められて火で焼かれるように、世の終りにもそのとおりになるであろう。人の子はその使たちをつかわし、つまずきとなるものと不法を行う者とを、ことごとく御国からとり集めて、炉の火に投げ入れさせるであろう。そこでは泣き叫んだり、歯がみをしたりするであろう。そのとき、義人たちは彼らの父の御国で、太陽のように輝きわたるであろう。耳のある者は聞くがよい。』(13:40-43)

私達は、シメイのような世渡り上手さを身につけなくても良いし、そのような者が跳梁跋扈している様を憂わなくて良い。
私達はただ、普段より、心から主に従い、またダビデのような愛と憐れみ、赦しのわざを、自分のものとして歩んでいるなら、全て人の企みや心を見透かされる主が、正しく報いて下さり、引き上げて下さるからだ。

マタイによる福音書講解説教メッセージ

弟子の性質と裏切り者の性質(マタイ26:17-25)
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イザヤ書講解説教メッセージ

ドマ(エドム)に対する宣告とアラビヤに対する宣告(イザヤ21:11-17)
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つくばエクレシア礼拝説教メッセージ

ソロモンさえ病ませた「研究してはならぬもの」(伝道者の書7:21-25)
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火曜早天祈祷会

キリストにある最小の者でもソロモンよりは優れている(伝道者の書7:15-18)
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ダビデによる憐れみと赦しの采配(2サムエル記19:1-15)
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ダビデに反逆した彼の息子・アブシャロムは、ヨアブによって惨殺され、こうして戦いは決着がついた。

それは、戦いに出た戦士達には喜ばしい事だったが、ダビデにはそうではなかった。
『時にヨアブに告げる者があって、「見よ、王はアブサロムのために泣き悲しんでいる」と言った。こうしてその日の勝利はすべての民の悲しみとなった。それはその日、民が、「王はその子のために悲しんでいる」と人の言うのを聞いたからである。そして民はその日、戦いに逃げて恥じている民がひそかに、はいるように、ひそかに町にはいった。王は顔をおおった。そして王は大声に叫んで、「わが子アブサロムよ。アブサロム、わが子よ、わが子よ」と言った。』(2サムエル記19:1-4)

戦士たちは、せっかく命をかけて戦って勝利したのに、喜び迎え入れられないどころか、ダビデはこの度の敵であるアブシャロムの死のほうを、悲しんでいる。
人々には、ダビデのこの対応は、理解し難いものだっただろう。
そこでヨアブは諫言する。

『あなたは、きょう、あなたの命と、あなたのむすこ娘たちの命、およびあなたの妻たちの命と、めかけたちの命を救ったすべての家来の顔をはずかしめられました。それはあなたが自分を憎む者を愛し、自分を愛する者を憎まれるからです。あなたは、きょう、軍の長たちをも、しもべたちをも顧みないことを示されました。きょう、わたしは知りました。もし、アブサロムが生きていて、われわれが皆きょう死んでいたら、あなたの目にかなったでしょう。』(2サムエル記19:5-7)
ヨアブが言った事は、正論である。
戦士たちは、町で待機していたダビデや彼の妻、息子娘のために、危険な戦場で戦ったのに、そんな彼らの献身と努力を一切無視するかのような行為を、ダビデはしているのである。
むしろダビデには、敵であるアブシャロムの命ほうが、自分達の命よりも大切であるかのように見た人もいただろう。

ところで、ヨアブのこの正論よりも前に、忘れられている事が無いだろうか。

ダビデは戦う前から、息子アブシャロムをゆるやかに扱って欲しい、と、全員に願っていた。
アブシャロムは、自ら木に引っかかって宙吊りになってしまうという、ヨアブが生け捕りにしようと思えば、いくらでも出来た状況だったのに、彼は無防備なアブシャロムの心臓を槍で貫き、10人がかりでなぶりものにし、彼の死体を、ほら穴に投げ込み、その上に石くれの山を積み上げた。
敵を打ち取る事、クーデターを起こした謀反者に制裁を加える事、それはヨアブにとって「正義」だったかもしれないが、しかし明らかに命令違反であり、ダビデの意図を踏みにじる行為だ。

『今立って出て行って、しもべたちにねんごろに語ってください。わたしは主をさして誓います。もしあなたが出られないならば、今夜あなたと共にとどまる者はひとりもないでしょう。これはあなたが若い時から今までにこうむられたすべての災よりも、あなたにとって悪いでしょう」。』(2サムエル記19:7)
ヨアブは、自分が「してしまった事」に一切触れる事無く、悪びれる事も悔む事も無く、あたかも自分は完全に正しくてダビデが間違っており、自分は、部下全体の総意を伝えているかのような。
しかも、自分の言うとおりしないなら、あなたは今までにない非道い災いが降る、とまで、半ばおどすような発言もしている。

確かにダビデの対応は、部下の心を離れさせる行為であった。
しかしここで一つはっきりした事は、ヨアブは主君・ダビデを軽んじており、ダビデの命令を聞かないばかりか、自分が聞かなかった事について一切言及する事なく、むしろ半ば脅すような形で指示までしている。
『しもべは言葉だけで訓練することはできない、彼は聞いて知っても、心にとめないからである。・・・しもべをその幼い時からわがままに育てる人は、ついにはそれを自分のあとつぎにする。』(箴言29:19-21)

『そこで王は立って門のうちの座についた。人々はすべての民に、「見よ、王は門に座している」と告げたので、民はみな王の前にきた。』(2サムエル記19:8)
ダビデは、ヨアブが命令違反した事について、また、自分がした事について、全く悪びれない様子に対し、特に何かをした、という記述は無い。
ただヨアブの進言どおりを、無言でそのまま実行したが、ダビデはヨアブを、もう将軍の座から降ろそうという決心があった。

さて、クーデターを起こしたアブシャロムの側についていた大多数の人達は、アブシャロムのあっけない死の故に、混乱状態にあった。(2サムエル記19:8-10)
彼らは議論している。
ダビデは昔からイスラエルのために体を張って戦い、自分たちをペリシテから救ってくれていたではないか、それなのに、自分達は浅はかにも、若く美しくて勢いのあるアブシャロムへとなびいて、彼を王とし、そうしてダビデに反逆してしまった。
そのアブシャロムがあっけなく死んでしまった今、唯一イスラエルを導いてくれるべき王は、ダビデしかいない。しかし彼は、遠い地に逃れている。
また、ダビデはこれから自分達・アブシャロム側についた「反乱軍」に、どのように出るかも分からない。

ダビデは、そんな気まずい思いをして手をこまねいている彼らに、明快な方向性を示す。
『ダビデ王は祭司たちザドクとアビヤタルとに人をつかわして言った、「ユダの長老たちに言いなさい、『全イスラエルの言葉が王に達したのに、どうしてあなたがたは王をその家に導きかえる最後の者となるのですか。あなたがたはわたしの兄弟、わたしの骨肉です。それにどうして王を導きかえる最後の者となるのですか』。』(2サムエル記19:11-12)
ダビデはまず、自分の身内であるユダ族に言う。
あなたがたが何を議論しているか、自分は知っている、それなら早くわたしを迎えに来なさい、と。
そればかりではない。

『またアマサに言いなさい、『あなたはわたしの骨肉ではありませんか。これから後あなたをヨアブに代えて、わたしの軍の長とします。もしそうしないときは、神が幾重にもわたしを罰してくださるように』」。』(2サムエル記19:13)
アマサは、ダビデとは遠い親類関係にあったが、ダビデの敵軍の長としてアブシャロムに任命された者である。(17:25)
つまり、ついさっきまで、ダビデの命を狙っていた側の将だ。
そんなアマサに、ダビデは言う。ヨアブを軍団長の座から降ろし、彼に代わってあなたを長としよう、と。
この、驚くような恵みの決定は、アブシャロムの側についていた人々を、どんなに安心させた事だろう。

アブシャロムは確かに人身操作術には長けていたかもしれない。
しかし、彼にくみした軍師アヒトペルが自殺してしまうようような、どこか心遣い無しな所があった。
それに引き換え、ダビデには、愛と憐れみ、赦しと温かみがあった。
『こうしてダビデはユダのすべての人の心を、ひとりのように自分に傾けさせたので、彼らは王に、「どうぞあなたも、すべての家来たちも帰ってきてください」と言いおくった。そこで王は帰ってきてヨルダンまで来ると、ユダの人々は王を迎えるためギルガルにきて、王にヨルダンを渡らせた。』(2サムエル記19:14-15)

アブシャロムの謀反によって、無秩序に陥ってしまったイスラエルを、ダビデは憐れみと赦しの采配によって和解をもたらし、平和の内に、秩序を回復させて行った。
この、愛と憐れみと赦しの采配は、まさしく、イエス・キリストの采配である。
私達も、ダビデが示したキリストの性質・愛と憐れみ、赦しを身に着けて行きたい。

ソロモンさえ病ませた「研究してはならぬもの」(伝道者の書7:21-25)
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賛美集会音声
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週報/メッセージ(説教)概要

箴言を記したソロモンは、人類の誰よりも優れた知恵を主から与えられた。しかし後に、彼は千人の妻と妾をめとり、彼女達にそそのかされ偶像礼拝をし、多くの罪を犯した故に、後の世代は悪に染まってしまった。
ソロモンは誰よりも優れた知恵を与えられた、筈なのに、自分は知者には遠く及ばなかったと23節で言っているが、その原因は25節にある。「わたしは、心を転じて、物を知り、事を探り、知恵と道理を求めようとし、また悪の愚かなこと、愚痴の狂気であることを知ろうとした。」 つまり彼は、物事の知恵と道理を求める際、良い事だけでなく、悪の愚かな事、人の狂気も知ろうとして、それらにじっと目を向け、研究したのだ。
ソロモンは、自然界の成り立ちや世の法則にも、造詣が深かった。植物や鉱石についてさえ深い知識があり、建築技術や裁判においても知恵深く、極めようともして行ったが、彼は「いらぬ事」までも深く探り極めてしまったのだ。その「いらぬ事」、私達がじっと見たり研究してならぬものは、「人の悪や愚かさ」だ。
彼は、人の愚かさを研究し、分類し、調べ見極めようとした結果、悪や愚かさに飲み込まれてしまったのだ。

彼が植物や自然を研究している内はまだ良かった。それらは主が創られたものであり、じっくり見るなら見る程癒されるものだが、罪深い人や愚かな人は、一緒に居れば居る程、調べれば調べる程、病むものだ。
もし私達が、ある人をターゲットにして、その愚かさをじっと見、分析分類し、レポートを作ろうとするなら、「人の愚かさ」に飲み込まれてしまう。相手がどんなに小さな子供であっても、あるいは、自分自身の弱さ愚かさをじっと見て研究しても、ますます意気消沈し、病んで行ってしまうものだ。
人の愚かさは、ウイルスと同じで、ずっと近くでまじまじと見続けているなら、それに感染してしまうのだ。
ソロモンは、偶像崇拝者の女とも積極的に結婚し、世の知恵、人の愚かさも全部、貪欲に吸収したが、酒の中毒者の気持ちを知るために、酒をがぶ飲みしたら無事ではいられないように、自分は知恵者だから、世をもっと知るために、良い事だけでなく罪や愚かさも少し嗜んでみよう、などとは思わないほうが良い。

では私達は、人の悪や愚かさに対し、どうすればよいだろう。
人は、よく接し、良く交わる相手に、染まるものである。競馬好きな人と接すればそうなるし、罵詈雑言が好きな人とよく一緒にいて、同調するなら、そうなってしまう。だから、誰と共に歩むか、よくよく注意すべきだ。
私達がじっと見、交わる相手は、主イエスにすべきである。
人の愚かさや悪をじっと見、そのペースに合わせるなら、ソロモンのようにどんどん汚れと悪に染まって行くが、まず私達自身が、御言葉の土台に立ち、主イエスにある神の民としての立ち位置にしっかり立つなら、悪や愚かさを持った人さえも、主と主の御言葉へと向ける事が出来、主にあって造り変えられて行くのだ。
エノク、ノア、アブラハムは、罪ある周囲の人々の中に住んでは居ても、彼らの愚かさや思想と一つにならなかった。むしろ主の御言葉を守り行い、主と共に歩み、そうして「全き者」(創世記17:1)となった。

私達も、弱い者である。何が良く、何がいけないのか、御言葉から分かってはいても、どうしても自分自身の中から、怒りや愚かさ、弱さが噴出してしまう事がある。そのような時、アダムとエバがしたように主から離れ、隠れようとしてはならない。いちじくの葉のような取り繕いをしても、一切解決にはならない。
ダビデやヨブ、エリヤがしたように、「主の前で」それらを吐き出すのだ。例えば、怒りが噴出してしまう時、「主よ、今わたしは、したくない怒りを発してしまいます。どうか憐れんで下さい。そして二度としなくても良いように、あなたの愛で満たし、聖なる性質を体得させて下さい」と、”祈りつつ怒る”のだ。そのように、何をするにしても主に対して為し、主と交わって行く内に、どんどん主の性質を身につけて行く事が出来る。

また前回も見たように、主の愛、憐れみ、赦しの内に浸しこまれ、主の愛の眼差し、愛の価値観で人を見る事が出来るように、祈るべきである。私達も主の完璧な愛に満たされ、潤されるなら平安が与えられ、愛を動機として接する事が出来るのなら、人を建て上げ、主の似姿へ造り変える事も、主にあって可能だ。
皆さんは、寛容になりたいだろうか。親切になりたいだろうか。怒らず、人のした悪を思わず、全てがまんし、信じ、期待し、忍耐する原動力が欲しいだろうか。愛こそ、その全ての原動力である。(1コリント13:4-6)
人からの汚れを受ける事なく、むしろ主の真実に染まって行き、キリストの似姿へとどんどん造り変えられていく皆さんでありますように!イエス様の名前によって祝福します!

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