メッセージ - 202001のエントリ

早天礼拝
今はついて来ることができなくても、後にはついて来ます(ヨハネ13:31-38)
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ヨハネ13:31 さて、彼が出て行くと、イエスは言われた、「今や人の子は栄光を受けた。神もまた彼によって栄光をお受けになった。
13:32 彼によって栄光をお受けになったのなら、神ご自身も彼に栄光をお授けになるであろう。すぐにもお授けになるであろう。
 
ヨハネ12:23 すると、イエスは答えて言われた、「人の子が栄光を受ける時がきた。
12:24 よくよくあなたがたに言っておく。一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それはただ一粒のままである。しかし、もし死んだなら、豊かに実を結ぶようになる。
12:25 自分の命を愛する者はそれを失い、この世で自分の命を憎む者は、それを保って永遠の命に至るであろう。
12:26 もしわたしに仕えようとする人があれば、その人はわたしに従って来るがよい。そうすれば、わたしのおる所に、わたしに仕える者もまた、おるであろう。もしわたしに仕えようとする人があれば、その人を父は重んじて下さるであろう。
12:27 今わたしは心が騒いでいる。わたしはなんと言おうか。父よ、この時からわたしをお救い下さい。しかし、わたしはこのために、この時に至ったのです。
12:28 父よ、み名があがめられますように」。すると天から声があった、「わたしはすでに栄光をあらわした。そして、更にそれをあらわすであろう」。
 
 
13:33 子たちよ、わたしはまだしばらく、あなたがたと一緒にいる。あなたがたはわたしを捜すだろうが、すでにユダヤ人たちに言ったとおり、今あなたがたにも言う、『あなたがたはわたしの行く所に来ることはできない』。
 
1ヨハネ2:12 子たちよ。あなたがたにこれを書きおくるのは、御名のゆえに、あなたがたの多くの罪がゆるされたからである。
2:13 父たちよ。あなたがたに書きおくるのは、あなたがたが、初めからいますかたを知ったからである。若者たちよ。あなたがたに書きおくるのは、あなたがたが、悪しき者にうち勝ったからである。
2:14 子供たちよ。あなたがたに書きおくったのは、あなたがたが父を知ったからである。父たちよ。あなたがたに書きおくったのは、あなたがたが、初めからいますかたを知ったからである。若者たちよ。あなたがたに書きおくったのは、あなたがたが強い者であり、神の言があなたがたに宿り、そして、あなたがたが悪しき者にうち勝ったからである。
 
 
ヨハネ13:34 わたしは、新しいいましめをあなたがたに与える、互に愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互に愛し合いなさい。
13:35 互に愛し合うならば、それによって、あなたがたがわたしの弟子であることを、すべての者が認めるであろう」。
13:36 シモン・ペテロがイエスに言った、「主よ、どこへおいでになるのですか」。イエスは答えられた、「あなたはわたしの行くところに、今はついて来ることはできない。しかし、あとになってから、ついて来ることになろう」。
13:37 ペテロはイエスに言った、「主よ、なぜ、今あなたについて行くことができないのですか。あなたのためには、命も捨てます」。
13:38 イエスは答えられた、「わたしのために命を捨てると言うのか。よくよくあなたに言っておく。鶏が鳴く前に、あなたはわたしを三度知らないと言うであろう」。
 
ヨハネ14:1 「あなたがたは、心を騒がせないがよい。神を信じ、またわたしを信じなさい。
14:2 わたしの父の家には、すまいがたくさんある。もしなかったならば、わたしはそう言っておいたであろう。あなたがたのために、場所を用意しに行くのだから。
14:3 そして、行って、場所の用意ができたならば、またきて、あなたがたをわたしのところに迎えよう。わたしのおる所にあなたがたもおらせるためである。
 
ヨハネ16:7 しかし、わたしはほんとうのことをあなたがたに言うが、わたしが去って行くことは、あなたがたの益になるのだ。わたしが去って行かなければ、あなたがたのところに助け主はこないであろう。もし行けば、それをあなたがたにつかわそう。
 
 
ヨハネ21:17 イエスは三度目に言われた、「ヨハネの子シモンよ、わたしを愛するか」。ペテロは「わたしを愛するか」とイエスが三度も言われたので、心をいためてイエスに言った、「主よ、あなたはすべてをご存じです。わたしがあなたを愛していることは、おわかりになっています」。イエスは彼に言われた、「わたしの羊を養いなさい。
21:18 よくよくあなたに言っておく。あなたが若かった時には、自分で帯をしめて、思いのままに歩きまわっていた。しかし年をとってからは、自分の手をのばすことになろう。そして、ほかの人があなたに帯を結びつけ、行きたくない所へ連れて行くであろう」。
21:19 これは、ペテロがどんな死に方で、神の栄光をあらわすかを示すために、お話しになったのである。こう話してから、「わたしに従ってきなさい」と言われた。

 

迫害によって散らされる(ディアスパイロー):神による種の拡散(使徒8:1-4)

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サウロは迫害の意をさらに燃え立たせていた。ステパノの殉教の様があまりにも尊かったから。
世の中で最も厳格に律法を守り行っているはずのパリサイ人さえも達し得ていない、きよく、聖なる趣を、彼が身につけていたから。
そんなはずはない、この「ナザレ派」と呼ばれる新興宗教集団、絶対に何かボロが出るはずだ、と思い、サウロは、クリスチャンと名のつく者達を、男も女も、次々と牢にぶち込んで行ったのだが、彼らの趣も、立ち居振る舞いも、あまり不正が無く、きよい有様だ。
 
この時のサウロの心情を、使徒26:12-15 の主の言葉から垣間見る事が出来る。
そう、彼は、クリスチャンを迫害する度に、とげのついた棒を蹴るような痛さを感じていたのだ。
 
クリスチャンを傷つけると、尊い主を傷つけるような痛さを感じる。
しかし他方、散らされたクリスチャン達はどうなったか。
 
彼らは、イエス様の故にひどい目に遭って、全世界へと散って行かざるを得なかった、というのに、行った先々で、イエス様を伝えて、逆に福音が大いに広がって行ったのだ。
伝えずにはいられないのである。
目の前に、病人、悪霊につかれて苦しんでいる人がいる。そして自分には、ナザレのイエスの御名によって、それらを追い出す事が出来る。
それなら、自然と、病を癒やし、悪霊を追い出すわざをしてしまうのだ。
それで、行った先々で、なんの苦労もなく、無理矢理感も無く、福音が広げられて行ったのだ。
 
散らされる・・・この原文ギリシア語は、ディアスパイローという。
それは、ディア(あちこちに)+スパイロー(種が蒔かれる)、つまり、人の目から見たら、絶望的な”散らされ”に見えても、実は神による意図的な、種の拡散だったのだ。
4節はディアスパランティス、ディアスパイローの受動態で、一見すると迫害者による「散らされ」であるが、実は、神の主導による「種まき」であり、クリスチャン達は種として蒔かれた、という、偉大なる受動態である。
 
イエス様は、神の国はどのように育っていくかについて、以下のたとえで私達に教えている。
 
マルコ4:26 また言われた、「神の国は、ある人が地に種をまくようなものである。
4:27 夜昼、寝起きしている間に、種は芽を出して育って行くが、どうしてそうなるのか、その人は知らない。
4:28 地はおのずから実を結ばせるもので、初めに芽、つぎに穂、つぎに穂の中に豊かな実ができる。
4:29 実がいると、すぐにかまを入れる。刈入れ時がきたからである」。
 
蒔かれた状態の種を、スポロスという。
種としては死んでいるが、その本人自身の「死」において、神が大いに働く事が出来る。
成長させて下さるのは、実に、神である。
 
神のわざが働く種は、いかなるものであるか。
申命記11:10 あなたがたが行って取ろうとする地は、あなたがたが出てきたエジプトの地のようではない。あそこでは、青物畑でするように、あなたがたは種をまき、足でそれに水を注いだ。
11:11 しかし、あなたがたが渡って行って取る地は、山と谷の多い地で、天から降る雨で潤っている。
11:12 その地は、あなたの神、主が顧みられる所で、年の始めから年の終りまで、あなたの神、主の目が常にその上にある。
 
世の人は、種まきも、水やりも、自分の力や努力でしなくてはならない。
世の宗教は、地図を広げ、リストを作って、しらみつぶし的に家を訪問して布教して行くが、神の国では、神が種まくべき相手を示し、種をまいたなら、成長させて下さるのは、神である。
そこに神が目を留められ、神がケアしてくださり、大いに実りに実らせて行くのだ。
 
1コリント3:6 わたしは植え、アポロは水をそそいだ。しかし成長させて下さるのは、神である。
3:7 だから、植える者も水をそそぐ者も、ともに取るに足りない。大事なのは、成長させて下さる神のみである。
 
初代教会は、エルサレムから散らされ、スポロスとなった故に、大いに拡散して行った。
パウロは、まだサウロだった時期から、無意識的に、主の働き人を、全世界へと大いに送り出し、福音を大いに拡散させていたのである。これもまた、人間わざではなく神のわざである。
 
どんな時、どんな状態でも、絶望する事なく、神が働かれている事を覚えて、神の国をますます広げていく皆さんでありますように!
イエス様のお名前によって祝福します!

主日礼拝
未体験の莫大な恵みをいよいよ得るにあたって(エステル記5:1-5)
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週報/メッセージ(説教)概要

 自分で努力して建てなかった素晴らしい町々や家々、自分で努力して植えなかった、素晴らしくて良い畑を与えるために、主の側は、いつでも準備が整っている。ただ私達の側が、それを受ける体制を整えなくてはならない。果たして私達は、今まで見た事も聞いた事も、手にした事も経験した事も無いような、素晴らしくて大きな栄誉を、また富を、力を、いよいよ得る準備は整っているだろうか? 今回、このような莫大な恵みを頂く性質とは何かを、エステル記を開いて、共に恵みを頂きたい。エステルは見事、王の心を射止め、王妃の座を獲得し、王から三度も「望むなら、王国の半分でも願いをかなえてあげよう」と言われた。
 
A,エステルの一番際立った性質は、「従順さ」である。彼女は霊的な育ての親・モルデカイに従順であったし、また、王の嗜好を熟知している宦官・ヘガイの言う事に従順であった。王妃の候補であった女性には、願うものはみな与えられ、それを持って王宮に行く事が出来たが、彼女は、ヘガイが勧めたもの以外は、何も求めなかった。それでエステルは、全て彼女を見る者に喜ばれた。(エステル記2:15)
 願うものはみな与えられる、という場面であっても、自分の好むものは何も求めない。ただ、従うべき人の助言に従って、それを身に着け、王の喜びとなるものだけを求めた。私達も、自分の願望ではなく、霊的な助言に従って求め、王の王であるキリストの喜びとなる事だけを求めるなら、やがて莫大な恵みを頂ける。
B,『わたしがもし死なねばならないのなら、死にます』(4:16) この言葉は、王の次の権力者・ハマンが、ユダヤ人を絶滅させるための法律を、王に成り代わって発令した時、モルデカイが「王に直訴するように」とエステルへ求めた時の、彼女の言葉である。王からは呼び出されていない状態で、王の元へ行く事は、死ななければならないが、王の好意を得、王が笏を差し伸べるなら、その時は助かる。彼女は、それでも行った。彼女は、自分が王妃だという身分である事に安んじる事なく、神の民のために死ぬ覚悟を示したのだ。
C,『三日目にエステルは王妃の服を着、王宮の内庭に入り、王の広間にむかって立った。』(5:1)
 エステルは死の覚悟の断食をし、三日目になった時、王妃としての権威を着て、王の居る方へと立った。
 夫は、妻が従順を示し、夫の喜びとなる事をつとめ、「わたしはあなたのものです」と、その瞳でじっと見つめられると、夫は彼女を、ティルツァのように美しく、エルサレムのように愛らしく、そして、旗を掲げた軍勢のように「恐ろしい」と感じるようになる(雅歌6:1-10)。
 エステルは、死を覚悟して、王妃の衣装を着、王の前に出て行った。その時のエステルは、どれほど王の目に美しく、愛らしく、そして、恐ろしく見えただろう。ここまでされると、王は、行動せざるを得ない。
D,王はエステルに好意を示し、金の笏を彼女へ差し伸べ、彼女は笏の頭に触れた。そして王は言った。
E,「王妃エステルよ、何を求めるのか。あなたの願いは何か。国の半ばでもあなたに与えよう」。
 
 以上が、エステル流の、手にした事も、経験した事も無いような、素晴らしく大きな栄光を頂く性質である。
王の王であられる主イエスと、聖霊のアドバイスに「A'.従順」であり、自分自身の欲求は、十字架の「B'.死へと明け渡し」、「C'.三日目に、王なるキリストから与えられている衣を着て、王の前に進み出る」のだ。
 本来、聖なる聖なる王、主イエスの前にそのまま進み出るなら、死ぬ以外には何も無い。しかし、私達がA'-C'を保って進み出るなら、「D'.主は私達に好意を示し、その支配の象徴である、鉄の杖を差し伸べて下さる。」私達もその杖の頭に触れ、そうして、私達にも諸国を支配する権威が与えられる。(黙示録2:26-27)
 そうすると、王は言われる。「E'.あなたが望むなら、王国の半分でも、願いをかなえてあげよう」、と。
 しかし、国の半分でも与える、という言葉を頂いた時、有頂天になって、さっさと調子に乗ってはならない!
エステルはさらに奥ゆかしく、「もしも王様がよろしければ、宴会に、ハマンと一緒に起こし下さい」と言った。
彼女の中では、心底、王の喜びとなる事が、優先なのだ。いかに、自分の民族を滅ぼし尽くそうと企んだ、あの汚らわしいハマンを一緒に招かなくてはならない、としても。それほど、エステルの心は、王を喜ばせたい、という一心だった。全く見せかけではない、その「美しい性質」こそ、真に自分のものとすべきだ。
そのためには、日頃から、この王として、また王妃としての、優雅な美しい素養を培っていなくてはならない。
 見た目にも、心の中も、立ち居振る舞いにも、言葉遣いも、タイミングも、気品においても、全てにおいて美しいエステルのように、柔和な、穏やかな、心の中の隠れた人柄を飾りにする皆さんでありますように!
イエス様のお名前によって祝福します!

 

主日礼拝
キリストにあって新しくされた人の特権(マルコ1:9-11)
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週報/メッセージ(説教)概要

 新しい年が始まった。この記念すべき2020年最初の主日、かねてから天声の養いを受けていたMajid兄弟が、洗礼を受ける事になった。天声では例年、過ぎ行く年の最後の数時間は、悔い改めの祈りで罪の垢を落とし、年が改まった瞬間から、主への礼拝によって年を初める。洗礼も全く同様で、過去の自分を、水の中に沈めて死へと渡し、一切を精算し、キリストにある新しいいのちで生き始める新たな出発である。
 洗礼を受けて主に繋がった人には何が起きるのか。それを学ぶ事は、この新たな始まりの日に相応しい。
本日、主イエス様が洗礼を受けられた場面から、洗礼を受けた私達はどんな恵みを受けるのかを知りたい。
 
 『その頃、イエスはガリラヤのナザレから出てきて、ヨルダン川でヨハネからバプテスマをお受けになった。そして、水の中から上がられるとすぐ、天が裂けて、聖霊が鳩のように自分に下って来るのをご覧になった。すると天から声があった、「あなたはわたしの愛する子、わたしの心にかなう者である」。』(マルコ1:9-11)
 イエス様が洗礼を受けられた時、3つの経験をした。すなわち「1,天が裂ける」、「2,聖霊が鳩のように自分へ降って来る」、「3,天からの声があった。その内容は、あなたはわたしの愛する子、わたしの心にかなう者である。」 これら3つは、洗礼を受けて主に繋がった私達も、経験する事である。
 洗礼は、罪に対して死に、神に対して新たに生きる誓いである。罪が元々無いイエス様は、洗礼を受ける必要は無かったのに、敢えて受けられた理由は、私達全ての代理として、また長子として、模範を示されたのだ。私達も彼に倣うように、と。全く同じ理由で、イエス様は十字架で処罰を受けられ、また死なれた。
 だから、イエス様が洗礼を受けられた時、彼が経験された全ての事は、私達・キリストに繋がった全ての兄弟姉妹も経験する「特権」である。だから、私達も洗礼を受けた時、次の事が起きる。
 
 1,天が裂ける(スキゾー): この非常に特殊な出来事は、イエス様が十字架にかかって息を引き取られた時にも起きた。神殿の幕が真っ二つに「裂け(スキゾー)」、神殿の最も聖なる領域である「至聖所」を隔てる幕が、破かれたのだ。キリストを通して、聖なる天国への道が、開通したのだ。だから十字架以降、誰でもキリストの御名を呼ぶなら、天国が裂けて、私達に向かって開かれるのである。イエス様は「わたしの名によって祈れ」と言った。なぜなら、イエス様の御名によって、天が開かれるからだ。これは全て、洗礼を受けてキリストに繋がった人々に与えられる特権の第一号である。
 2,聖霊が鳩のように自分へ降って来る: イエス様は言われた。『よくよくあなたに言っておく。誰でも、水と霊とから生れなければ、神の国には入る事はできない。』(ヨハネ3:5) すなわち、水のバプテスマを受けると、今までの、古い、罪に従って歩んできた自分は死に、霊によって新しく生まれ、キリストと共に永遠の神の国へと入って行く生き方になってゆく。聖霊は、人には見えないが、霊によって生まれた人は、聖霊の声がわかり、それを感じ、それに導かれ、神の支配領域(神の国)へと入っていく。しかし、生まれながらの肉に従って生きる人には、聖霊は決して分からない。このように、バプテスマを受けた人は、賜物として聖霊をいただくので、霊に導かれ、最善の道を歩んで行くようになる。
 3,天からの声を聞く: 洗礼を受けて霊が開かれて来ると、聖書を読む時、 あたかも天国が開け、神の言葉が自分に目がけて降りてくるような心地がする。そして、その、天からの言葉の最たる内容は、「あなたはわたしの愛する子、わたしはあなたを喜ぶ」というものである。世は私達を拒絶しようとも、またたとえ親に見捨てられたような経験を持っていたとしても、天の父なる神から受け入れられ、喜ばれている実感を持つ。
この、絶対的な平安の土台に立って、新しい人生をやり直して行くのだ。そして洗礼を受けた人は、神に愛される「神の子」として、また、神に似た者・神にならう者となって行く。
 
 この新しい年、私達も初心に帰り、天国に繋がった者として、新しい出発をするべきである。神の子が世から従わされたり、世からリードされたりする事は、本質ではない。私達は神に愛され、神に受け入れられた「神の子」として、与えられている祝福の命令、すなわち、「生めよ。ふえよ。地を満たせ。地を従えよ。海の魚、空の鳥、地をはうすべての生き物を支配せよ。」(創世記1:28)という、Lordship, Kingship(ロードシップ、キングシップ)命令に従って歩む者達だ。世を統治する者として、また、悪しき者に対しては勝利者として進んで行く今年でありますように。イエス様のお名前によって祝福します!
 

早天礼拝
シェバשׁבע:完成、安息、誓い、七(レビ記23:23-25)
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創世記26章

2019-2020年 ニューイヤーズ・イブ礼拝

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