メッセージ - 202205のエントリ

あの方のすべてがいとしい(ヨハネ12:1-3)

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マルタ、マルタ(ルカ10:38-42)

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ルカ10:38 一同が旅を続けているうちに、イエスがある村へはいられた。するとマルタという名の女がイエスを家に迎え入れた。
ルカ10:39 この女にマリヤという妹がいたが、主の足もとにすわって、御言に聞き入っていた。
ルカ10:40 ところが、マルタは接待のことで忙がしくて心をとりみだし、イエスのところにきて言った、「主よ、妹がわたしだけに接待をさせているのを、なんともお思いになりませんか。わたしの手伝いをするように妹におっしゃってください」。
ルカ10:41 主は答えて言われた、「マルタよ、マルタよ、あなたは多くのことに心を配って思いわずらっている。
ルカ10:42 しかし、無くてならぬものは多くはない。いや、一つだけである。マリヤはその良い方を選んだのだ。そしてそれは、彼女から取り去ってはならないものである」。
 
マルタ、名前の意味は、聖書人名辞典では「苦しくなる、痛くなる」
Strong辞書では、Probably of Chaldee origin (meaning mistress)
(マルタはおそらくカルデヤ語が元で、女主人あるいは妾。)
 
女性は、聖書的には、主人たるお方に、保護され、養われるべき存在。
妾という意味だとしても、妾という存在は、どうしても、妻という存在にはかなわない。
 
しかし彼女は、素晴らしい働きをする人である。
 
ルカ10:38 一同が旅を続けているうちに、イエスがある村へはいられた。するとマルタという名の女がイエスを家に迎え入れた。
ルカ10:39 この女にマリヤという妹がいたが、主の足もとにすわって、御言に聞き入っていた。
 
このベタニヤの家は、マルタが色々な気遣いをして、整えたので、イエス様がお気に入りの家となり、イエス様は何度かこの家に滞在するようになる。
ラザロは、イエス様から愛された友となった。(ヨハネ11章)
 
それぞれ、タラントがあるのだ。
ただ、物事には、
するべき時もあれば、してはならない時もある。
 
ルカ10:40 ところが、マルタは接待のことで忙がしくて心をとりみだし、イエスのところにきて言った、「主よ、妹がわたしだけに接待をさせているのを、なんともお思いになりませんか。わたしの手伝いをするように妹におっしゃってください」。
 
マルタはこの時、心忙しくなって、とりみだした。
女主人となって、イエス様というまことの主人に意見するような事を言った。
私達も、そういう罠に陥ることがある。
 
マルタの目から見れば、マリヤがなまけ者、自分は働き者、と映った。
だから女主人となって、イエス様にさえ、指示する。
マリヤに、座って聞いていないで立って働くようにと。
私の言うことはきかないかもしれないけれど、イエス様の言う事なら、聞くかもしれない、と思ったのだろう。
 
しかしイエス様は答えて言われた。
 
ルカ10:41 主は答えて言われた、「マルタよ、マルタよ、あなたは多くのことに心を配って思いわずらっている。
 
マルタ、マルタ、と繰り返した。
マルタの意味は聖書人名辞典では「苦しくなる、痛くなる」だった。
今あなたは、苦しいのだろう、痛いのだろう、、、
いろいろなことを心配して、気を遣って。
 
ルカ10:42 しかし、無くてならぬものは多くはない。いや、一つだけである。マリヤはその良い方を選んだのだ。そしてそれは、彼女から取り去ってはならないものである」。
 
この箇所から語られるメッセージでは、よく、マルタは悪者、マリヤは良い者的な、事が語れることもあるが、
イエス様は、そういった事は一切言っていない。
 
マルタ、あなたがいましている事を止めて足元に座って聞きなさい、などとは言っていない。
 
イエス様が言われたのは、どうしても必要なことはわずかです。いや、一つだけです。
マリヤはその良いほうを選んだのです。彼女からそれを取り上げてはいけません。
だった。
 
一番必要な事は、イエス様の言葉に、聞き入ること。。。
 
マリヤは、それをしていた。
だから彼女は、誰よりもイエス様の御旨を悟って、
誰にもできない、永遠の記念になるほどの奉仕を、成し遂げた。(ヨハネ12章)
 
私達はキリストのからだ。
おのおのはその器官、役割が違う。
 
マルタのように、色々なことに気遣って用意を整えて、イエス様のお気に入りのベタニヤ・ハウスを建てる人が、いなくなってはならないし、
かといって、手足を動かすことが第一になってしまって、御言葉に聞き入るをやめてはならない。
 
1コリント14:40  ただ、すべてのことを適切に、秩序をもって行ないなさい。

 

 

 

霊の状態に気をつけなさい(ルカ9:51-62)

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主日礼拝

礼拝の回復と神の民を復興させる働き人となるために(イザヤ61:1-10)

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English Service:Lord's workers should always ask to the Lord(2Kings4:18-37) Youtube動画

週報/メッセージ(説教)概要

 今年、私達はルカ4:16-21とイザヤ61:1-10から、「主の恵みの年、主の復讐の日」を回復させる働き人となるビジョンが与えられた。あれから色々な事が進行した今、そのビジョンを今一度、確認したい。
 
 そのような栄光の働き人となるためには、まず主の御霊(聖霊)の油が注がれる事が必要だ(イザヤ61:1)。
主に油注がれた者・クロスはなぜ、王達や国々の上に立って、何の妨げも無しに国々の宝物を得られたか。
それは彼は、神殿を再建させ、神の民の礼拝を回復させるために、神様から特別に選ばれたからだった。
 私達もこの時代、真に礼拝の回復と、神の民の復興を切実に求め、働くなら、主は私達に聖霊の油を注ぎ、世の権威と宝物をゆだね、その働きを任される。天声・エクレシアは長らくそれを求め続けて来た。
 続いて「主の復讐」とは何か。それはルカ4:18以降にある通り、今まで貧しくさせられていた日々や捕われ状態だった日々への復讐であり、心に傷を負わされた事や、盲目にさせられていた事、また虐げられてきた日々に対する復讐である。私達もモーセやクロス王のように、神の民を長らく奴隷状態に縛り続けていた物事から解放させ、「主の恵みの年」へと塗り替え行く働きをするのだ。どうすれば礼拝の回復と神の民の復興が成し遂げられるか。その方法と原理は、既に学んできた。御言葉暗唱(テフィリン)によってである。
 
 もし私達がそのように「恵みの年」を始動させるなら、どういう有様になって行くのか、その内訳が、イザヤ61:3以降に記されている。すなわちシオン(神の民)の悲しむ者達に、灰の代わりに頭の飾りを、悲しみの代わりに喜びの油を、憂いの心の代わりに賛美の外套を着けさせる、と書いてある。それはすなわち、今まで虐げられ、傷ついて来た神の民に、慰めをもたらし、喜びを回復させ、賛美を回復させていく働きである。
 さらに4節以降には、昔の廃墟を建て直し、先の荒れ跡を復興し、廃墟の町々、代々の荒れ跡を一新する働きが示されており、続く節では、世の人々の間で指導的立場になって行く事が約束されている。
 『他国人は、あなたがたの羊の群れを飼うようになり、外国人が、あなたがたの農夫となり、ぶどう作りとなる。しかし、あなたがたは主の祭司(コーエン)ととなえられ、われわれの神に仕える者と呼ばれる。あなたがたは国々の力を食い尽くし、その富を誇る。』(5-6節)。 コーエンとは「祭司長」「人々の長」を意味する。
 主に油注がれ、主の御心にかなった働きをして行くなら、私達は「コーエン」、すなわち人々にとって祭司、神の言葉を教える者、人々の上に立つ指導者となって、国々の力を食い尽くし、その富を誇るのだ。
 『あなたがたは恥に代えて、二倍のものを受ける。人々は侮辱に代えて、その分け前に喜び歌う。それゆえ、その国で二倍のものを所有し、とこしえの喜びが彼らのものとなる。』(7節)。 確かに、物質的な祝福も約束されているが、そもそも、主が物質的祝福を与えて下さる理由は、それを用いて貧しい人々を救い、世に主の恵みの支配をもたらす為だ。富が増しても傲慢になったり堕落せず、常に真実でいるべきである。
主は公平を愛し、強奪と邪悪を憎み、真実をもって彼らに報いを与える、と8節に書かれてあるのだ。
 さらに9節の有様は、まさに、テフィリン・インターナショナル・アカデミー(TIA)が実体化させていく内容が記されている。『彼らの子孫は国々の内で、彼らのすえは国々の民の内で知れ渡る。彼らを見る者は皆、彼らが主に祝福された子孫であることを認める。』(9節) テフィリン教育(御言葉暗唱教育)によって育まれた若者たちは、ダニエルやヨセフのように、どんな事があっても神から離れないようになり、知性や様々な能力においても、天才的になる。そうして御言葉中心の教育で育て上げられた若者たちが、政治、経済、文化、教育、あらゆる面でリーダーシップを取って行くなら、国々は、主の栄光を見、人々は、御言葉中心の政治、経済、文化、教育のもとで、保護されながら歩んで行く・・・。今、コーエン大学で養われた働き人達を中心に、世界中で、御言葉暗唱教育のムーブメントが起こり、実際、そのような若者達を育てている。
 
 イエス様は言われた。「今日はこの御言葉が、あなたの耳の中で成就した日です」(ルカ4:21)。つまりイエス様の御言葉を、耳で聞いて、それを心に混ぜ合わせて「信じる」なら、それはその人の内に、また、人生に成就する。「あなたが信じた通りになれ」と主が言われた通りである。 主は、今、人のいないのを、うめいておられる。御言葉を第一にして歩む人や、時代のためにとりなす人、主のうめきを察知して、主の働きをする人が、いないのを。私達はこの時代、神と人との間に立つコーエンとなって、この時代に主の恵みの年、主の復讐の日々を実現していく働き人でありますように!イエス様のお名前によって祝福します!

 

 

 

金曜徹夜祈祷会 礼拝説教メッセージ

深く悲しみ憐れみ執り成す御霊の性質(ネヘミヤ2:1-10)

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エリシャから学ぶワンダフル・カウンセリングのあり方(2列王記4:18-37)

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イエス様によるワンダフルカウンセリング(ヨハネ5:1-9)

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王たる者のたしなみ:テフィリン(箴言31:1-9)

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主日礼拝

王たる者のたしなみと、王を育てる母のたしなみ(箴言31:1-9)

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English Service:The way of flesh and the way of the Spirit(Rom8:9-14) Youtube動画

週報/メッセージ(説教)概要

 本日は母の日である。母は、子にとってはトーラー、神の法であり(箴言1:8)、子は、父よりも母の影響を受けて育つ。女性はいのちを産み、養い、育てたい、と願う。神様がその機能と性質を備えられたからだ。
 1テモテ2:15に、女性は慎みと共に子を産む事によって「救われる(ソーゾー)」とあるが、ソーゾーには「完成する」「癒やされる」「全うされる」の意味もあるので、女性は、子を産んで、育て上げる事によって、完成されるのだ。それは、実際にお腹を痛めて子を産む事に限らず、霊的な子を産んで、一人立ちさせる事によっても、そうである。女性がエデン以来、産みの苦しみが増加されたのは、御言葉によってではなく、自分の善悪判断によって、子を産んだり、育てるからだ。いかにしたら、正しく子を育てられるだろうか。
 
 今回の箇所はマサの王・レムエルの母の言葉であるが、母のひとかたならぬ愛とうめきが込められている。
『わが子よ、何を言おうか。わが胎の子よ、何を言おうか。わたしが願をかけて得た子よ、何をいおうか。』(2節) 最初の語りだしは、マー(What? How? What!)という、感嘆の語を、3回も繰り返している。彼女が誓願をかけて得たこの子、苦しみつつ生んだこの子に、一体、何を伝えたらいいだろうか・・・。子に幸せになってほしい、間違った道に歩んでほしくない、とは、どの母も思うが、多くの母は、無知ゆえに、自分の善悪判断に従って育てて、失敗してしまう。本来、神の言葉に従って育てなくてはならないのに。
 母はうめく。一体我が子を、どうしたらいいだろう、と。そこで彼女が最初にいましめた言葉が、3節である。
『与えるな(置くな)、あなたの力(、富、権力)を、女達に。あなたの道を、王たちを摩耗・消滅させる者へ』(3節直訳) ここの「女」は複数形なので、神を知らない「異邦の女達」の事だろう。女とは、男性が夢中になる対象であり、そして男性の力で守り、愛し、育むべき相手である。「若い時の妻と喜び楽しめ、いつも彼女の愛に夢中になれ」と言われたが (5:18)、神の言葉よりも優先したり、支配権を逆転させたりしてはならない。神の言葉より妻の言葉を優先させてしまった結果、アダムとエバはエデンから追い出されたのだ。
 男性に限らず、女性も、夢中になりそうな異性や、溺愛しそうな相手(たとえば子供)には、気をつけるべきである。本来、自分が保護者として養い守るべき相手、すなわち、弱く無知で正しく守り導いてやらなくてはならない相手に、力や富や権力をあずけ切ってしまうと、神の国の秩序が脅かされてしまうからだ。
 エデンでは当初、神と、男と、女と、健全な三角関係があった。人は神を主とし、その上で、夫婦の正しい秩序を保っていた。その限りでは、エデンは楽園であったし、その時、共に裸であったけれども、全く気にならなかった。しかし、神抜きで、身勝手な善悪判断すると、家庭は壊れ、労苦するようになってしまった。
 レムエルの母は言う。王達を消し去る者に、ゆだねるな、と。ソロモンは、女達に主導権を握らせてしまった故に、偶像崇拝をするようになり、主の戒めを聞かなくなって、全イスラエルに災いをもたらしてしまった。
 私達も、キリストにあっては、御言葉で支配する王である。私達はその支配権を、手放してはならない。
 
 4-7節は、さらに、夢中にさせる物全般への警告が記されている。『レムエルよ、酒を飲むのは、王のする事ではない、王のする事ではない、濃い酒(シェカール)を求めるのは君たる者のする事ではない。』(4節)
 シェカールとは、うきうきさせるもの、夢中にさせ、中毒性をもたらすものであるが、特に、神の国と関係の無い、そして自分の意思で止める事が難しい「シェカール」の類を求めるのは、王たる者のする事ではない。
 それはアルコールはもちろんのこと、インターネットから流れてくる架空のコンテンツやメディア情報など、現実を離れさせ、ぼんやりさせるもの全般である。それらは、本来、取り組むべき仕事のための時間や、お金、エネルギーを浪費させ、仕事を「かったるい」と思わせたりする。王たるものは、そうしたものにうつつを抜かして、勅令(ハカク:刻まれた言葉:テフィリン)を、口から宣言する事を、忘れてはならない(5節)。
 
 8節は「あなたは全て口の利けない人、すなわち滅びが定められている者たちのために、口を開け」と訳せる。つまり、御言葉を口で言えない霊的な「おし」は、滅びへと向かっているのだ。実に多くの人が、そうである。キリストにあって王とされた私達は、そのような人のために、テフィリンした御言葉という「勅令」を口から発し、行くべき道が分からず滅びへ向かっている人を救って行くべきだ。この時代、王とされた者として、テフィリンした御言葉の勅令を口から出し、霊的な子にしろ、肉的な子にしろ、御言葉によって正しく育て上げて、立派な王へと育て上げていく私達でありますように!イエス様のお名前によって祝福します!

 

金曜徹夜祈祷会 礼拝説教メッセージ

主に用いられたネヘミヤの性質:うめいてとりなす(ネヘミヤ1章)

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