メッセージ - 20260203のエントリ
主のいましめを守っていること、これこそ私の永遠の財産(詩篇119:55-56) 早天祈祷会 2026年2月3日(Tue)
- カテゴリ :
- 礼拝メッセージ説教音声配信 » 定期祈祷会メッセージ
- 執筆 :
- pastor 2026-2-3 6:50
主のいましめを守っていること、これこそ私の永遠の財産(詩篇119:55-56) 早天祈祷会 2026年2月3日(Tue)
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【概要】
天に宝を積むことの大切さを教えるメッセージ。地上の富ではなく、主との交わりと御言葉を守ることこそが真の財産であることを詩篇119篇から学ぶ。
【聖書箇所】
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詩篇119:55-56
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マタイ6:19-21
【励ましの言葉】
主の御言葉を守り、夜ごと主の御名を呼び求めて祈ることは、どんな地上の富よりも価値ある宝です。主との交わりを持ち続けるなら、天に決して廃れることのない財産が積み上げられています。
【勧めの言葉】
地上に宝を蓄えるよりも、天に宝を蓄えることを選び取りましょう。日々主と交わり、祈り、御言葉を守る生活こそが、永遠に残る真の財産となります。
【***AIによる文字起こし***】
今日、恵みをいただく御言葉は、詩篇119篇55節と56節です。皆さんで共に宣言したいと思います。
「主よ、私は夜にはあなたの御名を思い出し、またあなたの御教えを守っています。これこそ私のものです。私があなたの戒めを守っているからです。」(詩篇119:55-56)
アーメン、ハレルヤ。愛するイエス様、あなたこそ我が相続財産、あなたこそ私たちの報酬です。イエス様、あなたが共にいますということを私たちは宣言し、そしてあなたが共にいますというからには、すべてのものが私たちにも与えられますことを感謝いたします。
今朝も素晴らしい主の御名を褒め称え、賛美いたします。イエス様は、皆さんにとっての相続財産であるということ、これを始まった瞬間からいただきましたね。皆様、イエス様が伴われているということ、日々皆さんと伴われるイエス様にあって作り変えられているでしょうか。今年に入ってから変わったという人いますでしょうか。
変わりましたね。私の目から見て、確かに皆さん変わりました。主こそ、イエス様こそ皆さんの相続財産ですね。そして、皆さんの相続財産としたからには、イエス様が皆さんと伴われて、日々の歩みを、皆さんを作り変えて、御霊に満たされ、またある人はもう日々御前で祈ることがチャレンジで示されて、それを努力して、本当に日々作り変えられていっております。
今日の御言葉なんですけども、この56節「これこそ私のものです。私があなたの戒めを守っているからです」。これ、原文のニュアンスとしては、私があなたの戒めを守っていること、これこそが私の財産です。私の全財産ですね。それはお財布の中にある小銭全部ということではなく、私の財産、全財産は主の戒めを守っていること、これが私の全財産です。そういうニュアンスがあるんです。
韓国にこの間まで結構長く行ってたんですけども、イ・ヨンチョル先生と会ってきました。3分ブリッジの先生ですね。イ・ヨンチョル先生が言われますには、彼ら教会のある聖徒を目に留まったそうです。
その聖徒はですね、もう本当に今にも破産しそうな、もう本当に貧しい、貧しい、そういう境遇にあったんですね。けれども、彼は本当になけなしの心で主に仕えて、なんとかして主に喜ばれようと、そういう努力をしている方です。で、ある日、その聖徒さんから家庭におもてなしのために呼ばれたということですね。それでその聖徒さんのところに行きました。あらかじめこの御言葉を取り次ごうとメッセージを準備してから、その聖徒さんのところにお家に行ったんですけども、行ってみました。で、まあ、質素な家具があって、そして本当に質素なおもてなし。けれども、本当に心のこもったおもてなしをお食事を用意してくださって、ヨンチョル先生を待っていたんですね。
それでまあ、お食事の前にですね、その用意したメッセージをいざ語ろうとしたんですけども、けれども、彼はその準備しておいたメッセージを語ることを聖霊様からストップされました。で、語れないんですね。「主よ、今、何も準備していない状況になってしまいました。あらかじめ準備していたものが語るなと、あなたの仰せです。私はどうしたらいいんでしょうか」。で、ある御言葉が示された。それが今日のこの詩篇の御言葉ですけども、それでしばらくイ先生が御言葉を語る唇を黙っておりました。その聖徒はちょっと心配げな顔を覗き込んだんですけども、御言葉が示されたイ先生が言われたんですね。
「あなたはすごく富まれた方ですよ。とても富んでいるんですよ、あなたは。」
その聖徒さんはびっくりして、「いえ、私は特に富んでいるというものではないですけれども、なんでですか」と答えたんですね。そしたらイ先生はこの詩篇の119篇55節と56節、これを宣言したんですね。
じゃあ、もう一度皆さんで宣言しましょうか。詩篇の119の55節からです。
「主よ、私は夜にはあなたの御名を思い出し、またあなたの御教えを守っています。これこそ私のものです。私があなたの戒めを守っているからです。」
アーメン。
この聖徒さんは本当に涙、涙を流しました。夜ごと主の御名を思い出し、本当に「主よ、主よ、今の状況をなんとかしてください。主よ、助けてください」。夜ごと主の御名を思い出し、そして主の御教えを必死で守っております。時にはその掴んでる手がもう力が抜けてずり落ちそうになるけど、それでもなお主の御教えを守ろうと掴んでいます。これがあなたの財産だ。誰よりも富んでいる。あなたの財産だ。「これこそ私のものです。私があなたの戒めを守っているからです」。主の戒めを守ること、これこそが何よりの、あなたにとっての持っている素晴らしい宝だっていうんですね。この聖徒さんは本当に涙、涙しました。
私たちは世の中において自慢と思えるもの、あるかもしれません。世の中の人にとっては、私にはこの能力がある、私にはこのスキル、この経験がある、この仕事についている、これでこの財産、この銀行口座の残高、これこそ私の財産だと思うかもしれないんですけども、けれども、皆さん、真理の観点からすればですね、皆さんの財産というものは天に積まれている財産、これが真の財産なんです。
地上の宝、世の中にはお金持ちと言われる人はあまたおりますけれども、しかし、本当に主の御教えを必死で守っている人、本当になんとかして主の御言葉を守りたい、主に喜ばれたい、今助かりたい。それでもう本当に群衆をかき分け、かき分けして、イエス様の御衣にすがって、そういう志を持っている。その主に対する志、これが真の財産だということを今日の御言葉が示しているんです。
冒頭で宣言した箇所は、マタイによる福音書の6章20節と21節なんですけども、19節のところにはイエス様はおっしゃってます。
「自分の宝を地上に蓄えるのはやめなさい。そこは虫とサビで傷物になり、また盗人が穴を開けて盗みます。」(マタイ6:19)
この地上の財産、これはですね、虫が食います。錆びつきますね。そればかりじゃなく、盗人が来て穴を開けて盗んでしまう。どんなにどんなに蓄えて蓄えたとしても、しかし他の人が取っていってしまうということですね。
ソロモンは誰よりもたくさんの宝を蓄えました。金、銀、宝石を至るところから集めたけれども、結局主を求めないで、そうした地上の名声、富、そうした諸々を追求した結果、彼の人生の最後は虚しい虚しいものになってしまいました。地上において宝がある。その宝はやがて傷物になり、虫と錆でダメになってしまい、また盗人がその盗んで生きいってしまいます。
ソロモンの財産を受け継いだのは彼の息子、レハブアムというものでしたけども、アモン人の息子でした。主を知らなかったんです。彼はですね、ソロモンが蓄えた財産をたった5年で散財してしまいました。彼が王様になってから5年後にエジプトが攻めてきて、その宝を全部奪っていってしまったんです。一体、親が蓄えた宝、どこに行ったか。道楽息子に渡った、神様を知らない息子、そしてその道楽息子が散財してしまった。地上で宝を蓄える、神様よりも地上の富、宝を追求するような人は結局虚しいんです。
だからイエス様は「地上に宝を蓄えるよりも、むしろ自分の宝は天に蓄えなさい。そこでは虫もサビもつかず、盗人が穴を開けて盗むこともありません」(マタイ6:20)。
アーメン。
かの聖徒さん、本当に主の御言葉を必死で守ろう、必死で主に夜ごと御名を呼び求めて「主よ助けてください、主よ助けてください」と主と交わりを持って、主にのみ頼みとする。それが彼の決して廃れない宝だったんですけれども、皆さんはどれほど天上に宝を蓄えているでしょう。日ごと祈っているでしょうか。日ごと主と交わっているでしょうか。皆さんの日ごとの主との交わり、日々の主に対する祈り、それが皆さんの宝です。どれほどその宝のバロメーターが上がってるでしょう。
昔通ってた子供の時の教会学校はですね、教会に行くとそのシールをもらえて、で、それでこの表が貼ってあって、来た日をシールを積み立てていくんですね。で、それでこれがあなたがどれほど神様と交わりを持ったか、そのそれが一目でわかる表だよっていうふうに先生に言われて。で、それで本当にシールをもらうのを楽しみにして貼る都度、また自分がそのグラフの山が高いほど、まあ誇りに思ったものですけども、皆さん、祈れば祈るほどに、主と交われば交わるほどに、神様からそのご褒美のシールをいただいて、そしてその宝は決して奪われることも、虫が、サビがつくこともない、皆さんにとっての廃れない宝です。
イエス様が言われたのは、「あなたの宝のあるところにあなたの心もあるからです」(マタイ6:21)というふうに言いました。皆さんの宝は一体どこにあるでしょうか。皆さんの心は一体どこに置かれているでしょうか。銀行口座でしょうか。あの株券でしょうか。皆さんの宝はイエス様においてください。イエス様が皆さんの相続財産です。イエス様こそ、皆さんの受けるべき報酬、報い、イエス様こそ、皆さんにとってのお給料としてください。するならば、その日々が本当に天上においてあのシールのように本当に積み上げられていて、天国に入った時に、本当に神様から喜ばれ、ご褒美を受けて、そしてその地上で蓄えた宝に従って、皆さんがボーナスの報いを受けるんですね。
地上においてイエス様を信じること、これは天国に入るための切符ですけれども、信じれば救われたんだから、それでいいやだと、天国で財産が積み上がってないんですね。行いです、行いが。皆さんの信仰による行い、皆さんのイエス様との交わり、これが宝となって天上に積み上がっていく。そしてそれは決して永遠に廃れることはないものです。
皆さんの永遠の住まいを、本当にあらゆる素晴らしい飾りで飾りつけたいでしょうか。天上において質素な家、また本当に地上で多くの行いを積み上げてきた宝でいっぱい満ちた家、皆さん、どちらに住まいたいでしょう。永遠に。どうせだったら宝、多くの宝を天国に蓄えていきましょう。皆さんは本当にこの地上において、イエス様とよく交わり親しみ、そして本当にこの真の宝を天に積み上げる。そして本当に主から「誰よりもあなたが富んでる」そんなに言われる皆さんでありますように。イエス様の名前によって祝福いたします。
【結論】
真の財産とは、地上の富や名声ではなく、主との日々の交わりと御言葉を守ることです。夜ごと主の御名を呼び求め、御教えを必死で守る生活こそが、天に積まれる決して廃れることのない宝となります。イエス様を私たちの相続財産とし、日々祈り、主と交わることで、天に永遠の財産を積み上げていく歩みをしていきましょう。地上の宝は虫とサビで傷物になり、盗人に奪われますが、天の宝は永遠に残ります。あなたの宝のあるところに、あなたの心もあるのです。





