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メッセージ - サウロからパウロへ(使徒26:9-18)

サウロからパウロへ(使徒26:9-18)

カテゴリ : 
礼拝メッセージ説教音声配信 » 主日礼拝
執筆 : 
pastor 2012-9-23 18:10

サウロからパウロへ(使徒26:9-18)
第一礼拝・礼拝全体音声(韓国語通訳有한국어예배):右クリックで保存
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週報/メッセージ(説教)概要:右クリックで保存

大宣教者として有名なパウロ(ユダヤ名:サウロ)は、タルソス出身の生まれながらのローマ市民で、ガマリエルの下で高等教育を受けた生粋のパリサイ人であり、血筋も育ちも能力も、全く申し分ない者だった。
当時パリサイ派の中では、ナザレのイエスは、メシヤを自称し、神を冒涜する者だとの見方が強く、ナザレ派(キリスト教)は異端の新興宗教であった。サウロはどういうわけか、執拗と思えるくらいキリスト者への迫害に熱心で、「迫害者サウロ」として恐れらた。彼はなぜ、そのようになってしまったのだろう。

サウロはその育ちの故に、律法への熱心については、周りの人と比較するなら完璧な自信とプライドを持っていたが、同時に、律法の聖なる境地には決して辿りつけない惨めな自分に矛盾を抱いていた。
そんな彼が、キリスト者であるステパノの処刑に立ち会った時、かなりの衝撃を受けた。(使徒7:54-60)
サウロの仲間達が暴言を叫びながらステパノに殺到し、ステパノは多くの手で掴まれ、殴られ、もみくちゃにされ、外に引き摺り出され、よってたかって石を投げつけられているのに、彼は棄教したり命乞いしたり罵り返したりせず、御使いのような趣で、聖なる平安に満たされ、しかも、殺そうとしている自分達のために神に執り成して祈ったのだ。
なぜか?それは彼は、神の右に立っておられるキリストを見たからである。
キリストの品性は聖であり、平安であり、ののしられてもののしり返さず、最後までひたすら執り成し、赦す。
そのキリストを見つめ、キリストに浸された者なら、キリストのご性質がどんな時でも噴出してしまうのである。

サウロは相当ショックだったのではなかろうか。一生懸命清く正しく生きて来たはずなのに、決して到達出来なかった聖なる趣、義なる性質を、自分より遥かに劣ったこの新興の異端集団が、自然に体現している。
そんなハズは無い、絶対どこかでボロを出すはずだ、と、ますますキリスト者の家々を強襲し、男も女も牢にぶち込んで行くものの、彼が暴いていく家々、ぶち込んで行く人達は、あまりにしとやかで善良だった。
彼は自分を保つため、自己正当化するために、ますますキリスト者を捕らえ、殺害しようと意気込み、ダマスコにまで行こうとした時、天からのまばゆい光が彼を包み、声がした。「サウロ、サウロ。なぜわたしを迫害するのか。とげのついた棒をけるのは、あなたにとって痛いことだ。」(使徒26:14)
彼が「主よ。あなたはどなたですか。」と言うと、応えがあった。「わたしはあなたが迫害しているイエスである。」 つまり、イエスを主とする兄弟姉妹を迫害する事は、イコール、イエスご自身を迫害する事である。

イエスは神の敵だと思っていたのに、太陽よりも輝く聖なる光、暖かい光に照らされ、サウロは「主よ」と言う以外に無かった。そして主は、実は彼が「とげのついた棒を蹴る」ように痛かった事を、知っていた。
サウロは思ったろう。「なぜ私を知っているのですか?」「彼らを捕らえた時、彼らを牢に引きずる時、死刑に定めた時、実はとても痛かった事を、なぜあなたは知っておられたのですか?」と。
サウロはどれほどショックだっただろうか。自分はそれまで神に熱心に仕え、神に喜ばれる事をしてきたと思っていたのに、実はその逆をしており、神の反逆者と思っていたイエスこそ、実はメシヤだったのだ。
彼はそれまで生きてきた人生、信じてきたアイデンティティが、ことごとく覆されたが、その経験こそ、十字架の死の経験である。私達キリスト者の歩みは、必ず、十字架の死と復活から始まらなければならない。

サウロは目からうろこが落ち、方向転換し、宣教者パウロとして神に用いられる器として生まれ変わり、かつての同窓生や友人に、裏切り者呼ばわりされる事を恐れず、主に示された通り、宣教者として歩み始めた。
そうして走るべき道のりを走り切り、その道のりを終えた時、栄光の冠を堂々と受けるべく、殉教した。
彼が命を終える時、ステパノのように、天が彼に向かって開かれ、栄光の御座におられる主を、見上げる事は出来ただろうか?当然である。それはイエスを主として走る者達全てに与えられている栄光である。
あなたは自分が望む所に従って生きる者・サウロのまま終わるだろうか。それともキリスト者として改心し、自己に対しては小さき者、主にとっては偉大な働き人、パウロとして終わるだろうか。主はこう言われる。
「さあ起きあがって自分の足で立ちなさい。わたしがあなたに現れたのは、あなたがわたしに会った事とあなたに現れて示そうとしている事とをあかしし、これを伝える務にあなたを任じるためである。」(使徒26:16)

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