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メッセージ - 神殿の宝物庫をきよめよ(ネヘミヤ記13:1-14)

神殿の宝物庫をきよめよ(ネヘミヤ記13:1-14)

カテゴリ : 
礼拝メッセージ説教音声配信 » 講解説教(旧約) » ネヘミヤ記
執筆 : 
pastor 2012-12-28 18:58

礼拝説教メッセージ音声(音声のみ)
神殿の宝物庫をきよめよ(ネヘミヤ記13:1-14):右クリックで保存

【概要】

ネヘミヤがエルサレムの城壁完成後に行った神殿の改革と、ネヘミヤ不在時に堕落した神殿を再び改革したことから、私たちの内なる神の宮(心)を常に聖く保つことの重要性を学びます。御言葉にとどまり続けることで、祝福と喜びが満たされる生き方を探求します。

【聖書箇所】

  • ネヘミヤ13:1-14

  • 申命記23:3-5

  • ヨハネ15:5-11

【戒めの言葉】

  • 神の民は、この世の価値観に流され、神に敵対する者たちと安易に妥協し、連合してはなりません。特に、結婚のような重要な結びつきは、神を信じる者同士であるべきです。

  • 神の宮(私たちの内側)に、世のものを入れてはなりません。

  • 少しの気の緩みが神から離れるきっかけとなり、神の敵が内側に侵入してきます。

  • 自分に都合の良い御言葉だけを選び、辛い御言葉や酸っぱい御言葉を退けてはいけません。

【励ましの言葉】

  • イエス様にとどまり、御言葉が私たちの内にとどまるなら、求めるものは何でも叶えられます。

  • イエス様の愛にとどまることで、私たちの喜びは満たされたものとなります。

  • どんな御言葉でも受け入れ、従うなら、祝福され、願いが叶えられ、喜びが増し加えられます。

【悔い改めの促しの言葉】

  • もし、私たち自身の内なる神殿(心)が、この世の欲望や神の敵の持ち物で汚されているなら、それらをすべて投げ出し、神の宮を清めなければなりません。

  • 世のものを握り続けるなら祝福はなく、神から離れてしまいます。自分を聖別し、神に立ち返りましょう。

【***詳細***】

今日は、ネヘミヤ記の13章、1節から14節までです。

まず、1節から3節までをお読みします。

「その日、民に聞こえるように、モーセの書が朗読されたが、その中に『アモン人とモアブ人は決して神の集会に加わってはならない』と書かれているのが見つかった。それは、彼らがパンと水をもってイスラエル人を迎え入れず、かえって彼らを呪うためにバラムを雇ったからである。しかし、私たちの神は、その呪いを祝福に変えられた。彼らはこの律法を聞くと、混血の者を皆、イスラエルから取り分けた。」(ネヘミヤ13:1-3)

この「その日」とは、エルサレムの城壁が完成し、その奉献式を行った日のことです。聖歌隊が二組に分かれて城壁の上を歩き、賛美しながら完成を祝った、その感動的な日に、モーセの書が朗読されました。その中で、「アモン人とモアブ人は神の集会に加わってはならない」という言葉が読まれました。これは申命記の23章3節から5節の言葉です。

なぜなら、アモン人とモアブ人は、かつてイスラエルの民が荒野を旅していた時、敵対的な行動をとったからです。彼らは、アブラハムの甥であるロトの子孫であり、ある意味で親戚関係にありましたが、イスラエル人を助けるどころか、パンも水も与えず、さらには預言者バラムを雇って呪わせようとまでしたのです。だから、神の集会に加わることが許されませんでした。この律法を聞いた民は、すぐにイスラエルの中にいた混血の者たち、つまりアモン人やモアブ人と結婚していた者たちを共同体から分けました。

本来、神の民を祝福すべき立場にある者が、逆に呪ったり、意地悪をしたり、何かを奪い取ろうとしたりすることがあります。このアモン人やモアブ人がそうでした。

この世の価値観では、敵対的な人とも「理解し合おう」「お互いの意見を尊重しよう」とすることが美徳とされるかもしれません。しかし、まことの神様を礼拝することに関しては、それは通用しません。神に敵対する者、異なる神を拝む者と連合すること、特に結婚という深い結びつきを持つことは、神様の前では許されないのです。人々はこれを「頭が固すぎる」と感じるかもしれませんが、なぜそうなのかは、この後の箇所を読めばはっきりと分かります。

4節から9節を読みます。

「これより以前、私たちの神の宮の部屋を任されていた祭司エルヤシブは、トビアと親しい関係にあったので、トビアのために大きな部屋を一つあてがっていた。その部屋にはかつて、穀物のささげ物、乳香、器物、およびレビ人や歌うたいたち、門衛たちのために定められていた穀物と新しいぶどう酒と油の十分の一、および祭司のための奉納物が保管されていた。その間、私はエルサレムにいなかった。私はバビロンの王アルタクセルクセスの第三十二年に王のところに行き、その後しばらくたって王にいとまを乞い、エルサレムに帰って来たからである。そしてエルヤシブがトビアのために、神の宮の庭に部屋をあてがうという悪事を働いたことを知った。私は非常に機嫌を悪くし、トビアの家の器具類を全部その部屋から外へ投げ出し、命じてその部屋を清めさせた。そして私は、神の宮の器物、穀物のささげ物や乳香と一緒に、再びそこに運び入れた。」(ネヘミヤ13:4-9)

皆さんは、トビアという名前を覚えているでしょうか。彼は、ネヘミヤが城壁を再建しようとした時に、真っ先に反対し、妨害したアモン人です。驚くべきことに、イスラエルの大祭司であるエルヤシブが、このイスラエルの敵であるアモン人トビアと「親しい関係」にあったのです。

これは、たとえるなら、この教会の牧師である私が遠くに出かけている間に、誰かが皆さんにひどいことをした敵と仲良くなり、この教会の最も神聖な宝物倉を、その敵の私的な物置にしてしまうようなものです。その人のテレビや、夏に使わない扇風機などが、教会の倉庫に置かれていたら、皆さんはどう思いますか?許せないですよね。

まさにそれと同じことが、ネヘミヤが留守の間に起こっていました。エルサレム総督であったネヘミヤは、12年間務めた後、一度主君であるアルタクセルクセス王のもとに帰っていました。その留守中に、大祭司エルヤシブは、神殿の中にあった大きな部屋をトビアの物置として提供してしまったのです。

しかもその部屋は、ただの部屋ではありません。かつては、神殿での礼拝に必要な穀物のささげ物、乳香、レビ人や聖歌隊たちの生活を支えるための十分の一のささげ物などが保管されていた、非常に重要な宝物倉でした。神の民の礼拝を支えるための聖なる部屋が、神の敵であるトビアの私物で占拠されていたのです。

エルサレムに帰ってきたネヘミヤは、この事実を知って激しく怒りました。8節にあるように、「私は非常に機嫌を悪くし、トビアの家の器具類を全部その部屋から外へ投げ出し」ました。そして、その部屋をきれいに清めさせ、本来そこにあるべき神殿の器物やささげ物を元に戻したのです。

ネヘミヤ記の13章は、このように神の宮を清めることから始まります。城壁という外側を建て直しただけでは、改革は完全ではありません。内側も清められなければならないのです。

なぜ大祭司が、神の敵であるアモン人と結託したのでしょうか。アモン人やモアブ人は、かつて金で預言者バラムを雇ってイスラエルを呪わせようとした民です。おそらく、この大祭司エルヤシブも、トビアから金銭的な利益を得て、彼と手を結んだのではないでしょうか。

もし私が、神の敵に金で雇われて、この教会を汚すようなことがあれば、皆さん、ためらわずに私を追い出してください。神の宮は、そのような汚れから守られなければなりません。

アモン人トビアが城壁の再建を嫌がったのは、城壁が完成すれば、エルサレムに自由に出入りして、好き勝手なことができなくなるからです。神の都は聖なる場所です。城壁によって守られるのと同じように、皆さん一人ひとりも、イエス・キリストが住まわれる「神の宮」「聖なる神殿」です。愚かな考えや神の敵が、あなたの心に入り込まないように注意してください。大祭司エルヤシブのように、欲望に引きずられて、神の敵を心に出入りさせるような扉を作ってはなりません。

イエス様も、神殿が汚された時に激しく怒られました。縄で鞭を作り、神殿の中で商売をしていた者たちを追い払われたのです。普段は優しいイエス様がなぜ?と思うかもしれませんが、それは「神の宮を思う熱心」が、イエス様をそうさせたのです。皆さん一人ひとりという神の宮が、この世の欲望や売り買いの道具にされることを、イエス様はお許しになりません。主は必ず「宮きよめ」をなさいます。イエス様は言われました。「わたしの家は、すべての民の祈りの家と呼ばれるはずだ。それなのに、あなたがたはそれを強盗の巣にしてしまった。」(マルコ11:17)。神の宮は、自分のものにしようとする欲望の塊である「強盗の巣」であってはなりません。清いものであるべきなのです。

ネヘミヤは、神殿を清め、本来あるべき姿に戻しました。「ネヘミヤ」という名前は「神の慰め」という意味です。もし私たちの内側が、何かの欲望によって汚され、神の敵の物置のようになってしまっているなら、まことのネヘミヤである主イエス・キリストが、それをすべて取り除き、清め、本来あるべき聖なる宮へと回復してくださるのです。

ネヘミヤはさらに改革を進めます。10節以降を読みましょう。

「私はまた、レビ人の分け前が渡されていなかったので、務めに当たっていたレビ人や歌うたいたちが、それぞれ自分の畑に逃げ帰ってしまっていることを知った。そこで、私は代表者たちを詰問し、『どうして神の宮が見捨てられているのか』と言った。そして、私はレビ人たちを集め、元の持ち場に戻らせた。すると、ユダの人々は皆、穀物と新しいぶどう酒と油の十分の一を宝物倉に持ってきた。そこで私は、祭司シェレムヤと学者ザドクとレビ人の一人ペダヤに宝物倉を管理させ、マタンヤの子ザクルの子ハナンを彼らの助手とした。彼らは忠実な者と認められていたからであった。彼らの任務は、兄弟たちに分け前を分配することであった。わが神。どうか、このことのために私を覚えていてください。私の神の宮とその務めのためにした私のさまざまな愛のわざを、拭い去らないでください。」(ネヘミヤ13:10-14)

神殿に仕えるレビ人たちへの給料(十分の一のささげ物)が支払われなくなり、彼らは生活のために自分の畑仕事に戻ってしまっていました。その結果、神の宮での奉仕がないがしろにされていたのです。

これは、現代の私たちにも起こりうることです。教会の中に、本来交わるべきではない世の中の価値観や考えが入り込み、神のために仕えるべき人々が軽んじられ、その場を去ってしまう。それによって、神の言葉がなおざりにされ、神への奉仕も疎かになってしまうことがあるのです。

ネヘミヤはエルサレムに戻ると、この状況を改革しました。代表者たちを叱責し、レビ人たちを呼び戻し、民が再びささげ物を持ってくるように促しました。そして、忠実な者たちに宝物倉の管理を任せ、レビ人たちに正しく分配されるようにしたのです。

神の宮での奉仕が忠実に行われるようになって初めて、苦労して再建した城壁も意味を持つのです。どんなに立派な建物を建てても、その内側が神の敵の物置にされていたり、奉仕する人々が逃げ出してしまっていたりするなら、それは全く意味がありません。ネヘミヤは、神の宮が、神の宮として正しく機能するために改革を行ったのです。

幸いなことに、私も世の仕事を辞めて、この神の宮の奉仕に専念することができています。それは、聖徒の皆さんが、レビ人の分としてささげ物を捧げ、また食事の世話などをしてくださるからです。食べるもの、住むところに困ることなく、日夜ここで主に仕えることができるのは、皆さんのおかげです。

一体いつから、こんなことになってしまったのでしょうか。それは、指導者であるネヘミヤがいない時でした。私たちも同じです。少しでも気を抜くと、私たちの内側もこのようになってしまいます。私たち自身が「神の宮」であると言われますが、ほんの少し気を抜いていると、世のものが心の中に入ってきてしまいます。本来、聖なるイエス様をお迎えするべき私たちの心が、イエス様が不在の状態になると、世の中の楽しみや他のもので満たされてしまうのです。そうなると、私たちの内側から、神様からの良いものがどんどん逃げていってしまいます。

もし、自分の心の中にそのような状況があると気づいたなら、それを清めてください。そして、神様への奉仕の心、つまり「レビ人」を再び呼び戻してください。世的なもので物置にされているあなたの内側を清め、再び聖なるもの、聖なる思いを呼び戻すのです。

人が神様から離れるとき、それは意図的に「離れよう」と思って離れることはほとんどありません。ほんの些細なこと、ちょっとした気の緩みから始まります。イエス様は「わたしにとどまりなさい。わたしのことばにとどまり続けなさい」と何度も言われました。「とどまり続ける」ということは、日々、少し気をつければできる、簡単なことです。しかし、その簡単なことを一日、二日と怠けてしまうと、それが当たり前になり、神様から離れる日数が長引くほど、心の中の「レビ人」は逃げ去り、神の敵が内側に侵入してきてしまうのです。どうか、日々とどまり続けることを、なおざりにしないでください。

ヨハネによる福音書15章5節から、その「とどまり続ける」ことの大切さについて見てみましょう。

ヨハネ15:5-7

「わたしはぶどうの木で、あなたがたは枝です。人がわたしにとどまり、わたしもその人の中にとどまっているなら、そういう人は多くの実を結びます。わたしを離れては、あなたがたは何もすることができないからです。だれでも、わたしにとどまっていなければ、枝のように外に投げ捨てられて、枯れてしまいます。人々はそれを集めて火に投げ込むので、それは燃えてしまいます。あなたがたがわたしにとどまり、わたしのことばがあなたがたにとどまるなら、何でもあなたがたのほしいものを求めなさい。そうすれば、あなたがたのためにそれがかなえられます。」

まずイエス様は「わたしにとどまりなさい。わたしを離れては、あなたがたは何もすることができない」と言われました。ネヘミヤの時代のイスラエルの民は、ネヘミヤが少し不在だった間に、神様の律法からすぐに離れ、とどまることをやめてしまいました。その結果、神の敵の私物を神殿に持ち込み、レビ人への供給を怠ったために、彼らは去ってしまいました。もし彼らが御言葉にしっかりとどまり続けていれば、こんなことは起こらなかったはずです。

とどまっていない期間が長引くと、枝は枯れてしまい、外に投げ出されて焼かれてしまいます。ですから、枯れてしまう前に、再びイエス様のもとに戻り、とどまる生活を始めるべきなのです。

そして7節の言葉は素晴らしい約束です。「あなたがたがわたしにとどまり、わたしのことばがあなたがたにとどまるなら、何でもあなたがたのほしいものを求めなさい」。私たちは祈りの中で、欲しいものを求めます。しかし、それには条件があるのです。「あなたがたがわたしにとどまり、わたしのことばがあなたがたにとどまるなら」という条件です。イエス様の言葉が私たちの内にまずとどまること。その時初めて、私たちは何でも欲しいものを願い求めることができ、主はそれを叶えてくださるのです。この順番が非常に大切です。

続けて読んでみましょう。

ヨハネ15:8-11

「あなたがたが多くの実を結び、わたしの弟子となることによって、わたしの父は栄光をお受けになるのです。父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛しました。わたしの愛の中にとどまりなさい。もしあなたがたがわたしの戒めを守るなら、あなたがたはわたしの愛にとどまるのです。それは、わたしがわたしの父の戒めを守って、わたしの父の愛の中にとどまっているのと同じです。わたしがこれらのことをあなたがたに話したのは、わたしの喜びがあなたがたのうちにあり、あなたがたの喜びが満たされるためです。」

ここでも「わたしのことばにとどまりなさい」「わたしの愛にとどまりなさい」と、とどまることの重要性が繰り返し語られています。ネヘミヤの時代のイスラエルの民は、御言葉にとどまることをやめてしまいましたが、ネヘミヤによって叱責され、再び御言葉に立ち返りました。私たちにとっても、イエス様の愛にとどまり続けることは非常に大切です。

「とどまる」ことは、少し気をつければできることです。しかし、少し気を抜くと、すぐに私たちの内側から祝福が逃げていってしまいます。それは、せっかく築き上げたエルサレムの城壁に、自ら穴を開けるようなものです。皆さん一人ひとりが御言葉にとどまり続けることによって、自分自身の心の城壁をいつも穴のない状態に保ってください。そうすれば、祝福に次ぐ祝福があなたの内側に入ってくる状態を保ち続けることができるのです。

イエス様がおっしゃったように、私たちが欲しいものを与えられる状況を保ち続けるコツは、イエス様のうちにとどまり続けること、御言葉を私たちのうちに留め続けることです。「あっちの御言葉は甘いから好きだけど、こっちの御言葉は辛いから嫌だ」というように、御言葉を選り好みしてはいけません。御言葉は、甘いものも辛いものも酸っぱいものも、すべてを自分の内に留め続けることが大切です。酸っぱい御言葉は聞きたくないからその礼拝は休んで、自分の耳に心地よいメッセージだけを聞く、というような状態では、あなたの欲しいものは叶えられません。

どの御言葉もしっかりと受け止め、思い巡らし、たとえそれが酸っぱくても辛くても「アーメン」と受け入れて従うなら、あなたの欲しいものは叶えられ、あなたの喜びは満ちあふれるものとなります。しかし、御言葉を離れるなら、そうはなりません。

どうか皆さん自身が、さらに聖なるものとして幸いを得て、欲しいものが次々と叶えられ、ますます喜びが増し加えられていきますように。そして、その人生のすべてにおいて、神様に祝福された者となっていきますように。

【結論】

私たちの内側は、聖なる神の宮です。ネヘミヤが改革したように、私たちも自分の内側から世俗的なものや神に喜ばれないものを取り除き、常に清く保つ必要があります。日々の生活の中で、イエス様の御言葉に「とどまり続ける」ことを選び取りましょう。甘い言葉だけでなく、厳しい言葉もすべて受け入れるとき、私たちの祈りは聞かれ、神からの豊かな祝福と満ちあふれる喜びを体験することができます。ネヘミヤのように、神の宮とその務めのために忠実に働くとき、神は私たちの愛のわざを決して忘れず、覚えていてくださいます。

 

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