メッセージ - お門違いの恐怖(民数記17:12-18:7)

お門違いの恐怖(民数記17:12-18:7)

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執筆 : 
pastor 2013-10-7 18:52

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『イスラエルの人々は、モーセに言った、「ああ、わたしたちは死ぬ。破滅です、全滅です。主の幕屋に近づく者が、みな死ぬのであれば、わたしたちは死に絶えるではありませんか」。』(民数記17:12)
彼らが言っている事は、ある部分は正しいが、重要な「しかし」を抜かしている。
この直前に起きた恐ろしい事件、コラのさばきと、民のつぶやきによって14700人が死んだ事件の、直後であるがら、御言葉を正しく理解していない民は、必要なき恐怖に陥って、混乱していたのかもしれない。

私達も、神は厳しく裁かれるお方だ、恐ろしい方だ、など、神を正しく理解していないが故の、必要なき恐怖に陥ってしまう事がある。
私達はそのような霊的な無駄足を踏まぬためにも、聖書を正しく理解したい。

確かに、人はみな罪咎を持っており、そのまま主に近づくなら、皆、死ぬ他無い。
ここに、重要な「しかし」がある。
主は人が罪を持っている事は百も承知で、憐れみ深い主は、そんな人間を罪と死の束縛から開放するために、大祭司を立ててくださったのだ。

『そこで、主はアロンに言われた、「あなたとあなたの子たち、およびあなたの父祖の家の者は、聖所に関する罪を負わなければならない。また、あなたとあなたの子たちとは、祭司職に関する罪を負わなければならない。』(民数記18:1)
これは、別段新しい命令ではない。主は、混乱している民に、正しい知識を再び思い起こさせるために仰せられたのだ。
アロンとその父祖の家のもの、すなわち、大祭司の一族とレビ族は、共に聖所に関する「罪を負い」、大祭司の一族は、祭司職に関する「罪を負う」のだが、では「罪を負う」とはどういうことか。
主は出エジプト記にて以下のように言っている。
『あなたはまた純金の板を造り、印の彫刻のように、その上に『主に聖なる者』と刻み、これを青ひもで帽子に付け、それが帽子の前の方に来るようにしなければならない。これはアロンの額にあり、そしてアロンはイスラエルの人々がささげる聖なる物、すなわち彼らのもろもろの聖なる供え物についての罪の責めを負うであろう。これは主の前にそれらの受けいれられるため、常にアロンの額になければならない。』(出エジプト記28:36-38)

すなわち、祭司とは、一般の人々の罪を代表して背負い、神と人との間に立って、罪の身代わりとしてのいけにえを捧げ、和解の務めをなす者である。
それ故、この時の民の恐れは、執り成してくれる祭司の存在を忘れた、お門違いの恐れである。

私達も、まことの大祭司キリストを忘れた、お門違いの恐れに憑かれていないだろうか。
キリストは、私達の罪咎を背負い、自らがいけにえとなって捧げられ、それによって、私達を神と和解させて下さった。
『まことに彼はわれわれの病を負い、われわれの悲しみをになった。しかるに、われわれは思った、彼は打たれ、神にたたかれ、苦しめられたのだと。しかし彼はわれわれのとがのために傷つけられ、われわれの不義のために砕かれたのだ。彼はみずから懲らしめをうけて、われわれに平安を与え、その打たれた傷によって、われわれはいやされたのだ。われわれはみな羊のように迷って、おのおの自分の道に向かって行った。主はわれわれすべての者の不義を、彼の上におかれた。』(イザヤ53:4-6)
そういう訳で、私達の大祭司キリストのゆえに、私達の罪咎は主の御前に覚えられず、罪と死の束縛から開放され、永遠のいのちを得たのだ。

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