メッセージ - 主のさばき、ギデオンのさばき(士師記8:18-21)
礼拝説教メッセージ音声:主のさばき、ギデオンのさばき(士師記8:18-21):右クリックで保存
ギデオンはイスラエル内部からさばきを始めた。
主の戦いに一切加わらず、それどころかパンの一つさえ助けない者達をまず打ち、その次に、ミデヤンの王達に対するさばきを行った。
世がさばかれる時も、さばきはまず神の家から始まり(1ペテロ4:17)、次に、世に対するさばきが行われるのだ。
『そしてギデオンはゼバとザルムンナに言った、「あなたがたがタボルで殺したのは、どんな人々であったか」。彼らは答えた、「彼らはあなたに似てみな王子のように見えました」。ギデオンは言った、「彼らはわたしの兄弟、わたしの母の子たちだ。主は生きておられる。もしあなたがたが彼らを生かしておいたならば、わたしはあなたがたを殺さないのだが」。』(士師記8:18-19)
まだミデヤン人達が勢いづいて、のさばっていた時、彼らは暴走族のように破壊するだけでは飽きたらず、タボルにおいて多くのイスラエル人を殺していたのだ。
なお、24節を見ると、イスラエルを虐げていた者達の中には、イシュマエル人も混じっていた事も分かる。
イシュマエル、それはイスラエルの父祖・アブラハムが肉の力によって産んだ子であるが、アブラハムに神様から約束されていた子・イサクが生まれたその時から、イシュマエルによるイサクへの攻撃は始まっており、この21世紀の現代でも、イシュマエルの子孫(アラブ民族)によるイサクの子孫(イスラエル民族)への迫害は、なお続けられている。
神に属する民は、確かに、世に属する者達によって迫害される。そして今なお、それが続けられている。
しかし主は、そのままで終わらせる事は無い。
『兄弟たちよ。あなたがたは、イサクのように、約束の子である。しかし、その当時、肉によって生れた者が、霊によって生れた者を迫害したように、今でも同様である。しかし、聖書はなんと言っているか。「女奴隷とその子とを追い出せ。女奴隷の子は、自由の女の子と共に相続をしてはならない」とある。だから、兄弟たちよ。わたしたちは女奴隷の子ではなく、自由の女の子なのである。』(ガラテヤ4:28-30)
ギデオンは、神の民を剣にかけて血を流したその報いを、そのまま王達に返した。
『そして長子エテルに言った、「立って、彼らを殺しなさい」。しかしその若者はなお年が若かったので、恐れてつるぎを抜かなかった。そこでゼバとザルムンナは言った、「あなた自身が立って、わたしたちを撃ってください。人によってそれぞれ力も違いますから」。ギデオンは立ちあがってゼバとザルムンナを殺し、彼らのらくだの首に掛けてあった月形の飾りを取った。』(士師記8:20-21)
主イエスは、剣を抜く者は、剣で滅ぼされる、と言われたが(マタイ26:52)、その言葉通り、ミデヤンの王達は、同じ剣によって滅ぼされた。
私達は、世の剣(武力や言葉など、神に由来しない有形無形のあらゆる武器)が向かって来る時には、同じ”世の剣”によって返すべきではない。同じ剣によって滅ぼされてしまうからだ。
世の剣が向かって来た時には、むしろ、真理の御言葉の剣で相対するべきだ。
私達が、真理の御言葉の剣を立てるなら、あとは、主が全てして下さるからだ。
『からだを殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな。むしろ、からだも魂も地獄で滅ぼす力のあるかたを恐れなさい。』(マタイ10:28)
ギデオンが全て悪を行った者に報復したように、世の終わりの時、主ご自身が全て神の民を迫害した者達に報復される。
その時、義人アベルの時以来、全て迫害され殺されて来た聖徒達の血は、血を流した者達へと返ってくるのだ。
『第二の者が、その鉢を海に傾けた。すると、海は死人の血のようになって、その中の生き物がみな死んでしまった。第三の者がその鉢を川と水の源とに傾けた。すると、みな血になった。それから、水をつかさどる御使がこう言うのを、聞いた、「今いまし、昔いませる聖なる者よ。このようにお定めになったあなたは、正しいかたであります。聖徒と預言者との血を流した者たちに、血をお飲ませになりましたが、それは当然のことであります」。
わたしはまた祭壇がこう言うのを聞いた、「全能者にして主なる神よ。しかり、あなたのさばきは真実で、かつ正しいさばきであります」。 』(黙示録16:3-7)
現代を生きる私達は、聖徒として相応しく御言葉を伝え、迫害されている聖徒のために祈るべきである。
御言葉は、敵に対しては剣であり、聖徒達に対しては、いのちの養いのパンだからだ。
