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メッセージ - 期待し望む者に与えられる聖霊(ヨハネ 14:11-21)

期待し望む者に与えられる聖霊(ヨハネ 14:11-21)

カテゴリ : 
礼拝メッセージ説教音声配信 » 主日礼拝
執筆 : 
pastor 2020-5-31 23:20

主日礼拝

期待し望む者に与えられる聖霊(ヨハネ 14:11-21)

第一礼拝 Youtube動画

賛美集会〜第二礼拝 Youtube動画

週報/メッセージ(説教)概要 

 本日はペンテコステ(聖霊降誕日)。主が弟子達に約束しておられた通り、聖霊が与えられ、その日を境に、彼らはイエスを大胆に証する強力な働き人へと変えられた。今の日本ほど、聖霊によるしるしや奇跡が必要な時代はない。世の人々は、教会が世に媚びて発信する知識や哲学めいた事、エンターテインメントなどでは、釣られない。そうしたものは幾らでも世にあって、そちらのほうが魅力的だからだ。しかしもし、有り得ないような奇跡や癒し、しるしが起きるなら、彼らは、そのわざによって信じるようになる。(ヨハネ14:11)
 奇跡やしるしが起きる理由は、それによって人々が驚き怪しみ(5:20)、神が栄光を受け、また神の子が栄光を受けるためであり(11:4)、神を知らなかった人が知るようになり、信じようとしない人が信じて救われるためである。私達は、この聖霊の働きが実際に起こる!と、どれほど具体的に信じ、期待しているだろう。
 聖霊充満にあずかれる人とは、主から言われた事を思い巡らし、そうなる、と期待し続ける人である。
復活の主が昇天される時、500人以上の人々が集まっていたが、五旬節の日に聖霊充満を体験したのは、たった120人だった。残りの380人は、期待し続けられず、去ってしまったのだ。具体的に期待し、望み続ける事こそ、聖霊を受ける条件である。では、私達がその「期待」の度合いを高めるには、どうしたらいいか。
 
 当時、弟子達は共に集い、共に賛美(テヒラー)し、祈り(テフィラー)に専念していた。当時ユダヤ人の賛美は、詩篇にメロディをつけて歌うというもので、当時の祈りは、聖書の言葉をそのまま暗唱する事だった。
 それを反復するのが、我々がしている「テフィリン」である。主の言葉をじっくり思い巡らし、宣言し続けていくと、矢のように飛んで来る言葉や、感動する言葉、心について離れない言葉が現れる。それをさらに思い巡らし続けて行くと、どんどん清められ、内側に聖なる領域がどんどん広まり、また、罪や肉欲の領域がどんどん縮小されて行く。そうしてどんどん、主のわざを為すのに適した器となって行く。そして、ついに主のタイミングが来た時、聖霊が爆発的に働き、もの事、人、状況に対して、圧倒的な主の御業が遂行される。
 だから私達も、弟子達がしたように、主の言葉を喜びつつ期待するのだ。聖霊が来るなら、主がしていたわざが自分達にもできる、今までイエス様に関心が無かったあの人が、俄然聞くようになる、今まで山のように動かなかった状況が動き、癒されなかった病が癒され、出ていかなかった悪いくせが出ていく、と。
 
 異邦人が集団で聖霊充満するきっかけを作った、百人隊長のコルネリオは、元々、ユダヤ人の信仰を見て、自分もそうなりたいと「期待」し、ユダヤ人のように祈り(御言葉を黙想し)、断食し、施しをしていた。
 彼がペテロを招いた時、家族や多くの友人達も、そこに招き寄せていた(使徒10章)。カイザリヤという娯楽や誘惑が多い町で、ローマの百人隊長が、被支配国の一般人から宗教的な指導をいただく集会…。
人数を集めるのはとても難しそうだが、彼はどうして多くのローマ人を集められたのか。それは、彼はいつも「期待」していた故だ。それで、彼の祈りや施しにはいつも祝福がついて回り、彼がいつも良い方向へ変わっているのを、家族や友人達が見て、彼が信じる神は本当にいるかもしれない、と思われていたのだろう。
 果たして私達は、御言葉に期待して良い方向に変わった姿を、家族や友人から評価されているだろうか。
もし自分が変わらないまま、福音を伝えたり、教えても、聞きはしないだろうし、集会に来てもらえないだろう。
だからまず、御言葉に期待し自分が変わる必要がある。祈りや賛美を「ルーチンワーク」にしてはならない。
祈りと賛美に真心を込め、主のうめきを共に感じ、切に祈るのだ。イエス様、この事は一体どうしたらいいですか?このままではわたしは潰れてしまいます。このままではあの人は滅んでしまいます。このままでは国に将来はありません。ああ主よ!と。偉大な王・ダビデがいつもそのようだった事は、詩篇を読めば分かる。
ルーチンワーク的な礼拝を、主は嫌う。ルーチンワーク化されたパリサイ人の礼拝より、胸を叩いて涙を流した取税人の礼拝のほうを、主は選ばれた。主はうめき、痛み、喜びの余韻を持っている人を求める。
 だから、いつも「神の国の余韻」を持っているべきだ。この余韻を習慣的に持っているなら、町を歩いていて、全く知らない人をぱっと見ても、なんであの人はあんな事するんだろう、主よ!といううめきが出てくる。
 普段からのうめきが無いなら、たとえ御言葉を宣言しても、あるいはその人を前に祈っても、上っ面の祈りしか出てこない。いつも人に対し、時代に国に対し、イエス様、なんとかしてください、とうめきを持つべきだ。
 今、私達は期待しつつ、聖霊を求めるべきである。助け主が来るなら、主のわざを行う事ができる。物事が変わっていく。それをありありと望み、実際に得て、多くの人をイエス様へと導く皆さんでありますように!
 

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