メッセージ - 天国を思わせる神殿(エゼキエル41章)

天国を思わせる神殿(エゼキエル41章)

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執筆 : 
pastor 2021-9-8 13:36

エゼキエル書講解説教

天国を思わせる神殿(エゼキエル41章)

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※この度のメッセージでは、神殿の構造を説明するために、以下、BibliaPrintsの動画を参考にさせていただきました。
 
41章は、いよいよ、神殿の本堂の中へと入っていく。
 
この度の箇所のように、神殿の詳細を読んでいく時、聖霊の助け無しに読むなら、自分とは何ら関わりのない、無機質な設計図を読んでいるかのような「つまらなさ」を覚えるだろう。
しかし、聖霊という”ツアーガイド”つきであるなら、その情景がありありと浮かび、あたかもそこが、自分がこれから入居する素晴らしい邸宅を内覧しているかのような、うきうきとした喜びに浸しこまれていく。
 
この箇所に限らず、私達は聖書を読む時、聖霊のガイドに従って読めるように、求めるべきである。
 
 
41:1 彼がわたしを拝殿に連れて行って、脇柱を測ると、こなたの幅も六キュビト、かなたの幅も六キュビトあった。
41:2 その戸の幅は十キュビト、戸のわきの壁は、こなたも五キュビト、かなたも五キュビトあった。彼はまた拝殿の長さを測ると四十キュビト、その幅は二十キュビトあった。
 
神殿の戸の幅は、奥へ入っていくにつれ、どんどん狭くなって行く。
(玄関の幅は14キュビト、聖所は10キュビト、至聖所は6キュビト)
 
この神殿の構造自体が、礼拝者の心を整えて行く構成となっている。
神殿の階段も、外から内へ入るにつれ、どんどん段数が多くなって行ったよう。
階段を登るごとに、礼拝者の心を「上」へと向けさせられ、また、狭い戸をくぐって行くごとに、礼拝者の心は、どんどん低くへりくだらせていく。
 
 
41:3 彼がまた内にはいって、戸の脇柱を測ると、それは二キュビトあり、戸の幅は六キュビト、戸のわきの壁は七キュビトあった
 
至聖所の戸は、6キュビトと、今までの門の中では、一番狭い。
そう、聖なる領域へ入る門は、狭いのだ。
 
イエス様は、心して、せまい門から入りなさい、と言われた。(マタイ7:13)
滅びに至る門は広く、ラクであり、その道を行く人は多いが、その向こうは、聖なる場所ではないし、聖なるお方も、おられない。
その道は、滅びに通じる道だからだ。
 
しかし、イエス様は言われた。
『わたしは門である。わたしをとおってはいる者は救われ、また出入りし、牧草にありつくであろう。』(ヨハネ10:9)
 
イエス様という、あまり人々が見いださない「狭い門」から入った向こうには、天国があり、神様との永遠の交わりがあり、永遠の喜びがある。
それ故私達は、イエス様にあって、永遠の祭司となるのである。
 
 
41:4 彼はまた拝殿の奥の室の長さを測ると二十キュビト、幅も二十キュビトあった。そして彼はわたしに、これは至聖所であると言った。
 
至聖所のサイズは、ソロモン神殿と同じである。
ソロモン神殿には、六百タラントに当たる良質の金がかぶせてあったが(2歴代誌3:8)、この神殿は、金や銀などの貴金属や宝石などの飾りについては、一切、触れられていない。
 
 
続いて聖所の外側の、脇間の説明に入る。
 
41:5 彼が宮の壁を測ると、その厚さは六キュビトあり、宮の周囲の脇間の広さは、四方おのおの四キュビトあり、
41:6 脇間は、室の上に室があって三階になり、各階に三十の室がある。宮の周囲の壁には、脇間をささえる突起があった。これは脇間が、宮の壁そのものによってささえられないためである。
 
神殿の外を覆う壁の厚さは、3メートル強で、かなり厚い。
モーセの幕屋の骨組みは、アカシヤ材の板が、基本的な構成物となっていて、板一枚につき2個の銀の台座で支えられていたが、それとは比べ物にならないほど、頑強だ。
 
脇間は、神殿をぐるっと回る回廊状にめぐらされ、1フロアごとに30あり、それが3フロアあるので、合計、脇間は90もある事になる。
そこは、色々なものを保管したり、あるいは、奉仕者が色々な用途に用いる事ができるだろう。
 
天国には、イエス様が用意された部屋が、たくさんある。
イエス様は、言われた。
 
『わたしの父の家には、すまいがたくさんある。もしなかったならば、わたしはそう言っておいたであろう。あなたがたのために、場所を用意しに行くのだから。
そして、行って、場所の用意ができたならば、またきて、あなたがたをわたしのところに迎えよう。わたしのおる所にあなたがたもおらせるためである。』(ヨハネ14:2-3)
 
 
バビロン捕囚から帰還した民は、ゼルバベルを中心に、神殿を再建したが、総督であるネヘミヤが不在の時、代行していた者は、神殿の聖なる部屋を、トビヤという、神の民をあざける異邦人のために都合つけ、あてがっていた事が発覚した。(ネヘミヤ記13章)
神の民をけなす者の私物を、聖なる神殿の一室に置く・・・それは、相当根深く隠れたつながりでも無い限り、ありえない事である。
 
『わたしは非常に怒り、トビヤの家の器物をことごとくそのへやから投げだし、命じて、すべてのへやを清めさせ、そして神の宮の器物および素祭、乳香などを再びそこに携え入れた。』(ネヘミヤ13:8-9)
 
ネヘミヤは憤って、きよめを遂行したが、私達という神の神殿は、どうだろうか?
罪との隠れた、根深いつながりは、無いだろうか?
私達の心の部屋、頭の部屋には、トビヤの私物を、放置していないだろうか?
 
「ネヘミヤ」の名の意味は「主の慰め」、すなわち、慰め主・聖霊と同じ名である。
もし私達が、世と妥協し、この私達という宮に、あえて、汚れた情報や思考を取り入れ、蓄えるなら、聖霊は憤られる。
そして、宮をきよめるために、強制力を発動される。
 
私達も、自分自身という宮を見張る事を怠り、トビヤの私物のような汚らわしいものを、自分の中に蓄え、のさばらせているなら、ネヘミヤの時代にあったように、少々、手厳しい扱いを受けるだろう。
ものすごく恥ずかしい思いをするか、何か大きな損失を被るか、、、。
ともかく、大々的な「きよめ」という”霊的ガサ入れ”が入る。
 
 
41:7 脇間は、宮の周囲の各階にある突起につれて、階を重ねて上にいくにしたがって広くなり、宮の外部の階段が上に通じ、一階から三階へは、二階をとおって上るのである。
 
この脇間は、階を上がって行くにつれて、全体的に広くなっていった。
私達という神殿の内部屋、すなわち、私達の思いや心は、礼拝へと登るにつれ、すなわち、天に近づくにつれ、イエス様へと近づいて行くにつれ、どんどん広まって行く。
それまで、「狭い」と思っていた自分自身の心が、内側が、イエス様にあってどんどん解放され、どんどん広く、開放されて行くからだ。
 
 
41:8 わたしはまた宮の周囲に高い所のあるのを見た。脇間の基を測ると、六キュビトの一さおあった。
41:9 脇間の外の壁の厚さは五キュビト、あき地になっている高い所は五キュビトあった。宮の高い所と、
41:10 庭の室の間には、宮の周囲に、広さ二十キュビトの所があった。
 
神殿の脇間は、このように、高い基の上に据えられ、その周囲は広々としていて、開放感がある。
もし、私達がよく見張り、汚れたものを自分に入れず、聖なる様相を保ち続けるなら、私達という神殿の「心」という脇間も、どっかりとした土台の上に据えられ、広々と、開放感がある者となって行くのだ。
 
 
41:12 西の方の宮の庭に面した建物は、幅七十キュビト、その建物の周囲の壁の厚さは五キュビト、長さは九十キュビトであった。
 
この、西側の、すなわち、神殿の後ろ側の、結構大き目の建物は、モーセの幕屋や、ソロモン神殿には、無い建造物である。
 
 
41:13 彼が宮を測ると、その長さは百キュビトあり、その庭と建物と、その壁は長さ百キュビト、
41:14 また宮の東に面した所と庭との幅は百キュビトであった。
41:15 彼が西の方の庭に面した建物と、その壁の長さを測ると、かなた、こなたともに百キュビトであった。宮の拝殿と、内部の室と、外の廊とには、羽目板があった。
41:16 これらの三つのものの周囲には、すべて引込み枠の窓があり、宮の敷居に面して、宮の周囲は、床から窓まで、羽目板であって、窓には、おおいがあった。
 
この神殿の描写は、ソロモン神殿の描写に比べれば、飾りっ気が無く、非常にシンプルである。
 
 
41:17 戸の上の空所、内室、外室ともに、羽目板であった。内室および拝殿の周囲のすべての壁には、同じように彫刻してあった。
41:18 すなわちケルビムと、しゅろとが彫刻してあった。ケルブとケルブとの間に、しゅろがあり、おのおののケルブには、二つの顔があり、
41:19 こなたには、しゅろに向かって、人の顔があり、かなたには、しゅろに向かって、若じしの顔があり、宮の周囲は、すべてこのように彫刻してあった。
41:20 床から戸の上まで、ケルビムと、しゅろとが、壁に彫刻してあった。
 
天国には、2種類の木が登場する。
一つは、いのちの木であり、もう一つは、しゅろ(なつめやし)の木である。(黙示録7:9)
 
聖所の内側の彫刻には、若獅子と、人とが、しゅろの木のほうを向いている。
神殿内の飾りと言えば、ただ、それだけだ。
シンプルといえども、まことに、黙示録を連想させる彫刻である。
 
『すると、長老のひとりがわたしに言った、「泣くな。見よ、ユダ族の獅子、ダビデの若枝であるかたが、勝利を得たので、その巻物を開き七つの封印を解くことができる」。』(黙示録5:5)
 
『その後、わたしが見ていると、見よ、あらゆる国民、部族、民族、国語のうちから、数えきれないほどの大ぜいの群衆が、白い衣を身にまとい、しゅろの枝を手に持って、御座と小羊との前に立ち、大声で叫んで言った、「救は、御座にいますわれらの神と/小羊からきたる」。
』(黙示録7:9-10)
 
 
41:21 拝殿の柱は四角であった。聖所の前には、木の祭壇に似たものがあった。
41:22 その高さは三キュビト、長さは二キュビト、幅は二キュビトで、すみと、台と、壁とは、ともに木である。彼はわたしに言った、「これは主の前にある机である」
 
この、聖所の中の、いや、聖所と至聖所に見られる、唯一の器物は、主の前にある「机(シュルカーン:食事などを置くテーブル)」だけである。
その材質は木だけであり、寸法は、高さ150cm強、長さ・幅は、共に60cm強である。
 
モーセの幕屋や、ソロモンの神殿の聖所には、3つのアイテムがあった。
すなわち、供えのパンの机と、香の祭壇と、燭台(メノラー)が。
それに対し、この聖所に置かれたものは、いや、至聖所も含めて、この聖なる神殿の中に唯一、言及された器物は、これだけなのだ
まことに、私達の目には、謎の多い神殿だ。
 
 
41:23 拝殿と聖所とには、二つの戸があり、
41:24 その戸には、二つのとびらがあった。すなわち二つの開き戸である。
41:25 拝殿の戸には、おのおのにケルビムと、しゅろとが、彫刻してあって、それは壁に彫刻したものと同じである。また外の廊に面して、木の天蓋があり、
41:26 廊の壁には、こなたかなたに引込み窓と、しゅろとがあった。
 
聖所と至聖所の間の戸は、折りたたみ式の戸で、そこにも同様に、ケルビムと、しゅろの彫刻が為してある。
 
 
以上、この神殿を探索するに、謎と思える事が、いくつかあった。
 
モーセの幕屋や、ソロモンの神殿の、聖所内の香壇は、金が被せられていたのに、エゼキエルが見たこの神殿には、金や銀など高級品の記述は、一切見られない。
また、寸法と材料は書いてあっても、用途が書かれていないものも幾つかあった。
 
分かっている事は、この神殿は、ガードが非常に固いという事と、豪華絢爛なものは記されていないにしても、ゆったりとしていて、何か、天国を思わせる雰囲気がある。
 
主は言われる。
わたしはすぐに来る。あなたの冠を誰にも奪われないよう、あなたの持っているものをしっかり持っていなさい、勝利を得る者を、神の聖所の柱としよう、と。(同11-12節)
 
主イエスの血によって、御前に近付く者は、至聖所の本体に入るのである(ヘブル9:24-25,10:19-22)。

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