メッセージ - 縛りを解き放ち、恵み深みへ漕ぎ出そう!(ルカ5:4-6) 水曜夜礼拝

縛りを解き放ち、恵み深みへ漕ぎ出そう!(ルカ5:4-6) 水曜夜礼拝

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執筆 : 
pastor 2026-2-4 22:30

縛りを解き放ち、恵み深みへ漕ぎ出そう!(ルカ5:4-6) 水曜夜礼拝

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【概要】

神様の恵みは限りない海のようであり、私たちは恐れず深みへと漕ぎ出していくべきです。主の御言葉に従い、自分のコントロールを手放して神様の導きに身を任せる時、そこには豊かな恵みと祝福が待っています。

【聖書箇所】

ルカ5:4-6

【励ましの言葉】

  • 主が招かれる先は、危険が渦巻いているところではなく、恵みが渦巻いているところです

  • 一歩一歩進むたびに、そこには恵みの備えがあり、恵みの体験があり、喜びがあります

  • ある程度まで進むと、あとは楽に主の恵みの流れのままに乗っていくことができるようになります

【勧めの言葉】

  • 友綱を解いて、固定概念や社会的な常識から解放され、沖へ漕ぎ出しましょう

  • お言葉通りに従うこと、これが沖へ出る信仰です

  • 信仰によって深みに漕ぎ出していき、途中で手放さないことが大切です

【***詳細***】

今晩恵みをいただく御言葉は、ルカによる福音書の五章四節から六節です。みんなで一緒に宣言しましょう。

「話が終わると、シモンに『深みに漕ぎ出して、網を下ろして、魚を取りなさい』と言われた。するとシモンが答えて言った。『先生、私たちは夜通し働きましたが、何一つ取れませんでした。でも、お言葉通り、網を下ろしてみましょう。』そして、その通りにすると、たくさんの魚が入り、網は破れそうになった。」(ルカ5:4-6)

愛するイエス様。あなたは今日も今も生きて働かれ、私たちにお言葉をくださり、そして沖に出て網を降ろしなさいと語られることを覚えます。主よ、私たちにとっての沖とはどこでしょうか。私たちは何をすべきでしょうか。どこに網を降ろすべきでしょうか。

今日、この讃美歌408番「父なる神の恵みは」を朝礼拝で賛美し、昼礼拝で賛美し、そして賛美しているうちに、どんどんどんどん嬉しくなってきました。そうだ、神様の恵みは深い深い、広い広い、もう限りがない恵みは、神様の恵みは海のようだと。皆さんの神様は、そのような広く高く深い恵みを用意しておられる神様です。

この讃美歌408番の一番はこうです。「父なる神の恵みは限りなき海ぞ。友綱を解きて沖へ漕ぎ入れてみようや。」

この神様の恵みは深い、もう先が見えない、底もわからないような海です。そして人はそれが理解できない、わからないですね。そして人は自分の何かコントロールできる、そういう場所にとどまりたがるものです。また足が地についた地面に立って、そして何か物事をやりくりしたいところが、普通の人かもしれません。

けれども神様は、この友綱を解きて沖へ出でてみようやというふうに言うんですね。岸を離れる、そして沖へ入れてみなさい。確かに海というところ、これは怖いところに見えるかもしれません。けれども、神様の恵みの海は、もう限りなき恵みがたくさんあるんですね。そしてその恵みは世の人は見ることができません。そして自分のコントロールではない、その恵みの流れに背を任せて進むということに恐怖を感じるかもしれません。けれども、主が招いておられること、それはあなたは深みに漕ぎ出していきなさいということ、これを言われます。

ペテロは、この自分の漁業で昨晩、もう一晩中働いてきました。もう自分は漁師歴何年、ペテロはプロですから、もう何年もあったでしょう。そんなそのプロ集団が、何人がかりで、この網を一晩中しても取れなかったということを言ったんですけれども、しかし、でもイエス様、あなたのお言葉通りにいたしましょう、お言葉通りにしたかったんですね。

イエス様のお言葉が、たとえどんなに自分の理解を超えていようとも、お言葉通りに従うこと、これがとても大切です。このお言葉通りに従うこと、これが沖へ出る信仰です。このイエス様のお言葉が沖へ出なさいならば、お言葉通りに実行すること。これがイエス様の恵みを体験する、その恵みの広さ、高さ、深さなど、それを体験できるそのコツなんですね。

サビの部分は、「沖へ出でよ、岸を離れ。主の恵みのただ中へ、いざ漕ぎ入れよう。」もう自分でコントロールできるところを、また足が地につくところを、そこを離れて、そして主の恵みの真っ只中、沖の方には主の恵みが渦巻いている。そちらの方に信仰によって、漕いで漕いで進んでいきなさいということを、このサビの部分で繰り返しているんですね。

この漕ぐということ、これ、私たちの側の責任です。友綱を解くということ、これ、私たちの責任です。今まで縛られていた固定概念や、また社会的な常識、そしてこうすれば成功する、こうすれば失敗するといった、そうした諸々、これを友綱を解いて、その縄目を縛られている縄目を解いて、沖へ漕ぎ出してみようよ。それが今日の賛美であり、今日の御言葉です。

二番のところでは、「世の人は岸に立ちて沖をば見るのみ、主の恵みの深さなどあえて知らんとせず」。世の人は安全で無難なところにとどまるものです。世の中の人は、キリスト教、なんとなく知ってるよね。神様が何か恵みがあるらしいね。あそこには何かすごいのがあるかもしれないね、キリスト教では。でも私はこの沖には出ないよ。この安全なところにとどまり続けたいよ。そういう人々、そういう人々はただ岸に立ちて、その遠くを見ているだけなんですね。遠くの方に恵みの潮が渦巻いている。でも自分は参加しない。後で思うんです。ああ、参加しておけばよかったなと。

本当に主が、何々しなさいと言われた時、あそこに行きなさい、これこれに加入しなさいと言われた時、そこに行って、あるいは加入して、その主の導きの通りにして、そして時間が経った後で、その結果はわかるんです。主が真実だった、主が本当だった、本当に自分がそこに参加していればよかったっていう側に立つか、それともああ、あの時、信仰を奮い立たせて、深みに漕ぎ出して、網を下ろしてよかったという側に立つか。これは皆さんが行動するかどうかにかかっているんです。

主は、恵みの潮が渦巻く沖へと招いておられます。そこは未知の世界かもしれません。けれども、主が招かれるのでしたら、その未知の世界に飛び込んでいくべきです。主が行きなさいと言われる先は、そこはもうまだわからない、よくわからない未知の危険が渦巻いているところだと人は思いがちかもしれないんですけど、しかし、主が言われるのであるならば、そこは危険が渦巻いているところではないんです。恵みが渦巻いているところなんです。ですから、主が言われている通り、恵みの深みへと漕ぎ出していくべきです。

まず、この私たちの信仰のスタンス、これは一歩踏み出すということ、友綱を解いて、自分の縛りを解いて、そして主の言われる方向へ一歩踏み出すこと。これがこの信仰の歩みです。

本当に今年に入ってから、私たち、今まで歩んだことのない道を進んでいきます。本当にこれから子どもたちがどんどんと、このティアに集ってくるということ。まだ私たちは目に見えていないかもしれません。けれども、準備していくうちに、一歩一歩、オールを漕いで、友綱を解いて、そして本当に今までの未知の領域へと入っていくたびに、そこはことごとく恵みが渦巻いているところだということが分かります。

ケアの物件、阿部先生が祈って与えられて、本当に奇跡的な形で与えられましたね。そこが与えられてからというもの、本当にそこを整える毎日、その日々が本当に恵みの毎日でした。自分ではやったこともない、その内装工事だとか、その諸々の作業、その一つ一つのうちに、主が今日はこれだよね。明日のことは私たちはわからないけれども、今日これをやったら、また明日するべきことが見えて、またそれをするための知恵も与えられ、またそのスキルも与えられ、また本当にその道は安全でした。

危ない、なんか素人が工事するって危ないって思えるかもしれません。確かに危ないと見れるようなことはあったかもしれませんけども、でも、ことごとく安全でした。ですから、オールを深みへと漕いでいくたび、漕いでいくたび、そこには恵みの備えがあり、また恵みの体験があり、喜びがあり、本当に毎日、もう喜び楽しみの連続でしたね。そして今、準備を進めている今も、もうその準備に行く都度喜びに溢れております。その行く道はまだ私たちにはわからないかもしれない。未知の歩みかもしれないけれども、その一つ一つの行く先々に主の備えが必ずあります。

三番のところでは、「あるものはわずか漕ぎて、遠く乗り出さず、返る波に飲まれたり、船もろともに」。これは、わずかしか漕がない。信仰で始まったけれども、いざ漕ぎ始めると、だんだんその未知の領域、怖くなっていって、信仰で漕ぐことをやめて、そして中途半端な、遠くでもなく、近くでもない中途半端で不安定なところにとどまってしまって、で、そこで取り残されてしまうということがあるんですね。

信仰で始まった歩み、それを最後まで続けないところで、荒野というところでとどまっていて、そして信仰をそれ以上奮い立たせない、怖くなってエジプトに帰ろうと言い出した彼ら、もう波に飲まれて、荒野という波に飲まれてしまいましたね。信仰によって深みに漕ぎ出していかない、そういう不安定なところにおいては、本当にむしろ危険なんです。

ヤコブ一章において、疑う人は、疑う人は風に吹かれて揺れ動く海の波のようです。もう疑いこそが海の波になるんです。返す波、疑いという海の波に飲まれて、もう船もろとも、もう海に投げ出されてしまうということになっては皆さんなりません。ひとたび、主が乗っておられる船に乗ったんでしたら、もうせっかくですから、オールを漕いで、主が言われる通りに、もうその沖を目指して、主がここが恵みだ、ここに網を下ろしなさい、ここでいっぱい魚が取れるよ、ここでいっぱい命が取れるよ、そういうところに至るまで、ずっと漕ぎ出して行くべきなんです。

だから私たちは初めからこの主の御言葉に委ね尽くして進んでいくべきなんです。

四番が、この総まとめで重要なところです。「乗り出せ沖をさして、恵みの潮の背に流されて、すべてを主に任すまでは」。この賛美の最後で、主の恵みの潮、これ潮流です。潮は潮流、潮の流れと書きます。この主の潮の流れを背中に受けて、すべてを主に任してというところに至るまで、この乗り出すべきだっていうことが書いてあります。

もう主が、乗り出せと言われるポイントまで進めば、今度はオールを漕がなくても、あとはその波が、潮流が来て、皆さんの背中を押し流していて、そしてあとはその潮流に任せて進んでいくべきなんです。潮流を、一度サーフィンのように乗っかったら、もうあとは自分のコントロールでオールを漕ぐのではなく、ただ主のその波、主の潮流にただ背中を預けて、そして主がここに行かせたいというポイントまで、あとは乗っかっていくんです。楽なんですね。

ですから、ある程度まで進むと、あとは楽に主の恵みの流れのままに乗っていくことができるようになっていくんです。波に乗る。これは自分のコントロールはもう完全に手放して、全面的に神様のイエス様のコントロールにお任せして、そして神様の導きに乗っかっていく。これは信仰がない人にとっては恐ろしく感じるものかもしれません。けれども、主のコントロールと皆さんのコントロールどっちが正確で強いかというと、もうはるかに主の方に任すことが本当に私たちにとって幸いであり、また正確なんです。

今日の結論ですけども、本当にこの、まずは友綱を解いて、今までの固定概念、縛られている考え、これを解いて、そして恵みの沖に、まず、皆さん自身の手でオールを漕いで、主が行きなさいと言われ、導かれる行くべきところ、そこを目指して進んでいくべきなんです。主がこのビジネスをしなさいと言うんでしたら、そのビジネスをして、そして本当にこの最後まで、たとえ途中で何か怖くなっても手放すべきではないんです。もし途中で手放してしまうのであるならば、返す波に飲まれたりということになってしまいがちです。

だから私たちは、最後まで主がこの道を示されたのであるならば、それをしっかりと手放さないで、主の恵みの潮が来る、そのポイントに至るまで、ずっとそこを目指して漕ぎ続けていくことするならば、あとは主が背中を押して流れに身を任せて、そして本当に多くの命を獲得できるポイント、そこへと導いてくださるんです。

私たちは恵みの潮に乗っかっていることを感謝いたします。主よ、途中で投げ出すということがありませんように。ただ、あなたの御旨に従い、あなたの御心に沿ったところ、そのポイントへと、私たち自身の手で、オールで漕いで漕いで、そしていよいよあなたのその恵みの潮が背に流されるままで、主よ、そこに至るまで、しっかりと信仰を活用して、そこへと至ることができますように、どうか助け導いてください。主よ、今年、また多くの命を、主よ大量で大量で取らせてくださいますように獲得させてください。

そして本当にあなたに向かって、ペテロとヨハネたちが本当にあなたにすべてを投げ出してついていったごとく、私たちも人間を取る漁師として、また導き進ませてください。今、ティアにおける活動をしております。主よ本当にその一つ一つの活動において、あなたがこれが道だ、これに歩めと、今、一歩一歩進ませておられることを感謝いたします。

どうか私たち自身が本当に途中で立ち止まることなく、恐れて退くものではなく、また中途半端なところでとどまるでもなく、本当にあなたの恵みの潮が渦巻いてる、その恵みの深みへと漕ぎ出していくものでありますように導いてください。

【結論】

まず友綱を解いて、今までの固定概念や縛られている考えを解放し、恵みの沖へと自分自身の手でオールを漕いで進んでいきましょう。主が示された道を、たとえ途中で恐れが来ても手放さず、主の恵みの潮が来るそのポイントに至るまで漕ぎ続けるならば、あとは主が背中を押して流れに身を任せ、多くの命を獲得できるポイントへと導いてくださいます。お言葉通りに従うこと、これが沖へ出る信仰であり、イエス様の恵みの広さ、高さ、深さを体験できる鍵です。

 

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