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メッセージ - エホヤキムの時代のダニエル(ダニエル書1章) 2026/03/18 水曜昼礼拝

エホヤキムの時代のダニエル(ダニエル書1章) 2026/03/18 水曜昼礼拝

カテゴリ : 
礼拝メッセージ説教音声配信 » 講解説教(旧約) » ダニエル書
執筆 : 
pastor 2026-3-18 16:30

エホヤキムの時代のダニエル(ダニエル書1章) 2026/03/18 水曜昼礼拝

Youtube動画

【概要】

2026年3月18日の礼拝メッセージです。神様の言葉を軽んじたエホヤキム王の悲惨な結末と、御言葉を心に刻み、世の誘惑を退けて神様から10倍の知恵と特別な祝福を受けた少年ダニエルたちの姿を対比しながら、現代において神様の栄光を現す生き方について語られています。

【聖書箇所】

ダニエル1:1-2

イザヤ45

エレミヤ22:17

エレミヤ22:19

ダニエル1:3-4

ダニエル1:15

ダニエル1:17

ダニエル1:20-21

【戒めの言葉】

神様の警告の言葉を軽んじ、自分にとって都合の悪い御言葉を切り捨てて無視するなら、エホヤキム王のように悲惨な結末をたどることになります。世の中の権力や強いものにだけなびく「霊的な風見鶏」になってはいけません。

【勧めの言葉】

ダニエルたちのように、神様の御言葉を心にしっかりと蓄え(テフィリンし)、世の中の魅力的な誘惑から自分を清く保つ決心をしましょう。そうすれば、神様は外見も内面も美しく健やかにし、他の人よりも10倍の知恵と悟りを与えてくださいます。

【***詳細***】

2026年3月18日のお昼の礼拝を始めましょう。今日の箇所はダニエル書の1章です。では、まず皆さんと共に、ダニエル書の1章1節と2節を一緒に声に出して宣言したいと思います。

「ユダの王エホヤキムの治世の第三年に、バビロンの王ネブカデネザルがエルサレムに来て、これを包囲した。主がユダの王エホヤキムと神の宮の器具の一部とを彼の手に渡されたので、彼はそれをシンアルの地にある彼の神の宮に持ち帰り、その器具を彼の神の宝物蔵に納めた。」(ダニエル1:1-2)

アーメン、ハレルヤ。私たちの愛する主イエス様。私たちも、神様の宝となることができますように。そして、神様から特別扱いを受ける一人ひとりとなれますように。主よ、今この時代においても、ダニエルの時代に起きたような神様の栄光が豊かに現れるしるしが、この日本という国において行われますようにと願い求めます。まず、私たち自身もダニエルのようになるための秘訣を教えていただき、またダニエルのようになった人を通して、どのような素晴らしい奇跡が行われるのかを、今日、豊かに示してください。今から御言葉を取り次ぐ私の唇をきよめ、また、このメッセージを聞くお一人お一人の耳をきよめてください。神様の御言葉が、天から滴り落ちる露のように、麗しく慕わしいものでありますように導いてください。初めから終わりまでの一切を、ただ神様の支配の御手にお委ねして、私たちの愛する主イエス様のお名前によってお祈りいたします。アーメン。ハレルヤ。素晴らしい主の御名をたたえ賛美いたします。

さて、2026年3月18日の朝の礼拝では、イザヤ45章から御言葉を見て、そして少しだけダニエル書についても触れましたね。ダニエルという人は、本当にとても重要な人物です。2026年3月11日の週の礼拝でも、キム先生がダニエル書について非常に詳しく導いてくださいました。そして今日のこのお昼の時間も、ダニエルが一体どのようなことをしたのか、どんな性質を持っていたのか、そして彼が生きた時代はどのような時代だったのかについて、まず一緒に見ていきたいと思います。

ダニエルが生き、そして捕らえられていったこの時代は、1節を見ると「ユダの王エホヤキムの治世の第三年」と書かれています。このエホヤキムという王様がどういう人物で、当時がどういう時代だったのか。一言で言うならば、神様の言葉がとても軽んじられた時代でした。このエホヤキムという王様は、神様の言葉を聞いても全く悔い改めようとせず、とにかく御言葉をバカにして軽んじた、そういう王様だったのです。

当時、預言者エレミヤがこのエホヤキム王のところに「悔い改めなさい。そうしないとこの国は滅びるし、バビロンという大帝国が攻めてくるぞ」という神様からの警告の言葉を、書簡(巻物)として届けました。王様の前で、その預言の言葉を朗読する係の人が、一段落、また一段落と読み上げていきます。しかし、なんと王様は、読み上げられたその箇所をことごとく小刀(ナイフ)で切り取って、それを暖炉の火にくべて燃やしてしまったのです。家臣がさらに続きを読み上げると、王様はまたその読み上げられた部分をナイフで切り取り、火の中に投げ込んでいくという、恐ろしいことをしてしまいました。

本来なら、神様の御言葉が語られたら、自分の罪を悔い改めて、神様の御前にひれ伏し、ひざまずくべきところです。しかし、この王様は全く違いました。御言葉を小刀で切り裂いて火の中に投げ入れたのです。この王様の特徴は、「神様の言葉を軽んじること」、そして「神様を全く恐れないこと」です。警告を聞いても無視して、燃やしてしまうような人間でした。

皆さん、どうでしょうか。皆さんは神様の言葉を軽んじてはいないでしょうか。もし神様の言葉を軽んじたら、一体どうなってしまうのでしょうか。

エホヤキム王がその後どうなってしまったのか、エレミヤ書に彼の末路についての預言が記されています。まず、「彼の目と心は、自分の利益と、罪のない者の血を流すことにしか向いていない」(エレミヤ22:17)と書かれています。

歴史を見ると、その後、最初はバビロンという強力な国が攻めてきます。これが第一次バビロン捕囚と呼ばれる出来事で、この時にダニエルたちを含めた一部の人たちがバビロンへと連れ去られました。この時、エホヤキム王は最初はバビロンに従うふりをしていました。口先だけでは「バビロン様、あなたに従います」と言っていたのですが、途中で手のひらを返し、バビロンに反逆してエジプトと同盟を結んでしまいます。強い国に反抗するようなことをした結果、バビロンの激しい怒りを買いました。それだけでなく、周辺の国々からも突然、イスラエルは集中攻撃を受けるようになってしまったのです。

はっきり言って、彼は霊的な風見鶏でした。どっちつかずで、勢いがある方にすり寄り、自分が有利な地位を得たと思ったら手のひらを返す。世の中の強い者にただ追従するだけ。そして何より、神様の言葉を軽んじて神様を恐れない。そんな彼が最終的にどうなったか。

エレミヤはこう預言していました。「彼はろばの埋葬をもって葬られ、引きずられてエルサレムの門の外に投げ捨てられる。」(エレミヤ22:19)

そして、この預言は見事に成就してしまったのです。王様でありながら、彼は王室の立派な墓に葬られることはありませんでした。ダビデ王から続く由緒ある王族の墓から引きずり出され、エルサレムの門の外にまるでゴミのように捨てられて、悲惨な最期を遂げたのです。

さらに、彼の息子であるエホヤキン(別名エコニアとも呼ばれます)は18歳で王になりますが、たった3ヶ月でまたバビロンが攻めてきて、王としての統治を十分にできないまま、彼もバビロンへと連れ去られてしまいました。

つまり、神様の言葉が軽んじられた時代、そして王様自身が神様の言葉を全く恐れず悔い改めなかった時代というのは、国全体が敵国バビロンに引き渡されてしまうような、最悪の時代だったのです。

そのような暗黒の時代に、ダニエルたちはバビロンへと連れて行かれました。しかし、そこには神様の深い計画がありました。彼らはそこで、神様からの特別な「英才教育」を受けることになるのです。

この時代の状況を、中学生の皆さんにも分かりやすいように例えてみましょう。

ある時、テレビで見たのですが、もともと水が澄み渡っていたきれいな池に、外来種の魚がたくさん繁殖してしまい、水が淀んで汚い池になってしまったとします。その池を再びきれいにする時、どういう作業をするか知っていますか?

まず、その池の水をどんどん抜いていきます。そして、池の底から外来種が見つかったら、それは駆除するために別の場所に取り分けられます。一方で、もともとそこに住んでいた在来種、つまり池に何の害も及ぼさない正規の生き物たちは、丁寧にすくい上げられて、きれいで安全な別のプールに移され、そこで生かされます。

そして、池の水をすっかり抜ききったところで、底に溜まったいらない泥や、外来種によって汚されたものを全部取り除いてきれいに掃除します。その後、再びきれいな水を池に満たし、保護しておいた在来種の生き物たちを元に戻すのです。そうすれば、以前の外来種は完全に排除され、汚れも消え去り、本来住むべき生き物だけが再び元気に生きられるようになります。

ダニエルの時代に起きた「バビロン捕囚」という出来事は、まさにこれと同じだったのです。本来、神様の国であるイスラエルという場所は、神様だけを信じて生きる清い人々(在来種)が生きるべき場所でした。それなのに、神様を信じない悪い考えや偶像礼拝(外来種)がはびこってしまい、王様からして神様を恐れないような状態になっていました。

そこで神様は、この汚れてしまった「イスラエル」という池をきれいにするために、ダニエルやエゼキエルのような純粋で清らかな信仰を持つ若者たちを、一時的にバビロンへと移されました。エズラやエステルたちも、そうやってイスラエルの外に連れて行かれた人々の子孫です。

神様は、本当に霊的に清らかな人たちを、一時的に別の安全なプール(バビロン)に移し、そこで彼らを特別に教育し、育てることにしたのです。そして、残された外来種や汚れた泥のような者たちだけになったイスラエルを、神様はバビロン軍によって徹底的に破壊し、神殿を焼き払い、清めを行いました。

ですから、ダニエルたちは単に「敵国バビロンに捕虜として連れて行かれた」というよりも、むしろ「人間の考えから離れ、神様からの特別な英才教育を施すために、神様ご自身が特別保護区域へと移された」と考えるべきなのです。

では、バビロンに移された彼らは、そこでどのような教育を受けたのでしょうか。3節と4節を読んでみましょう。

「王は宦官の長アシュペナズに命じて、イスラエル人の中から王族か貴族を数人選んで連れて来させた。その少年たちは身に何の欠陥もなく、容姿は美しく、あらゆる知恵に秀で、知識に富み、思慮深く、王の宮廷に仕えるにふさわしい者であり、またカルデア人の文学と言葉とを教えるにふさわしい者であった。」(ダニエル1:3-4)

このダニエルたちは、連れてこられた時からすでに、体に何の欠陥もなく、外見がとても美しい少年たちでした。しかし、ただ見た目が良かっただけではありません。知恵に優れ、知識が豊かで、思慮深く、大帝国の宮廷で働くのにふさわしい才能を持っていました。

どうして彼らは、そんなにも素晴らしい少年たちだったのでしょうか。一体どんな教育を受けて育ってきたのか。それは、彼らのその後の行動を見るとはっきりと分かります。彼らは「テフィリン教育」を受けて育ってきたのです。

テフィリンとは、神様の御言葉を自分の身につけ、心にしっかりと刻み込むことです。なぜ彼らがそうだったと分かるのでしょうか。

普通なら、田舎の国から突然、当時の世界最高の建築物であるきらびやかなバビロンの都に連れてこられ、そこで今まで見たこともないような王様の素晴らしいごちそうやワイン、目新しいグルメを与えられたら、どうなるでしょうか。普通の少年なら、心を奪われて、「すごい!王様のごちそうだ!こんな豪華な宮殿に住めるなんて最高だ!」と浮かれてしまうはずです。

しかし、ダニエルたちは全く心を躍らせていませんでした。彼らはむしろ、「王様の食べるごちそうや飲むぶどう酒で、自分たちの身を汚すまい」と固く心に決心したのです。

普通の少年には、こんなことはできません。なぜ彼らは、王様が食べるような最高級のごちそうを見て、「これは自分を汚すものだ」と見抜くことができたのでしょうか。

それは、彼らの心の中に「何が神様に喜ばれ、何が汚れた食べ物なのか」という、神様の律法の基準がしっかりと入っていたからです。ある先生がよくこうおっしゃっていました。「御言葉が千節心に入ると、その人の中に神様が宿っているかのようになる。五千節入ると、手で触れたものがすべて自分のものになっていくような、それほど素晴らしい状態になる」と。

実は、ユダヤ教の律法であるモーセ五書(トーラー)は、全部で5845節あると言われています。ダニエルたちの中には、このトーラーの御言葉がぎっしりと入っていたのです。だからこそ神様は、彼らを容姿端麗で、知恵と知識に富む少年たちへと育て上げてくださいました。

ちなみに、御言葉が心にたっぷり入っている人は、本当に美しくなります。外見も美しくなります。聖書に出てくる女性たち、例えばアブラハムの妻サラも非常に美しかったと書かれていますし、リベカもとても美しかった、エステルもとても美しかったと記されています。

御言葉が心にあり、その御言葉に従って歩もうとする人は、外見が美しくなるだけでなく、内面も美しく磨かれます。そして知恵や知識、力に満ち溢れ、本当に聡明な(賢い)人になっていくのです。

アーメン。皆さんも、そんな聡明な人になりたいですか?「今、自分は何を言うべきか、何を言ってはいけないか」「今、どう行動するべきか」、聡明な人は非常に賢く行動することができます。皆さんも神様の御言葉をしっかりと心に蓄え、テフィリンして、この時代をより良く変えていくダニエルのような人になっていただきたいと、イエス様のお名前で祝福いたします。アーメン。

ダニエルたちは、王様の食べるごちそうと飲むぶどう酒で自分を汚さないように決心しました。その決心のゆえに、神様は彼らを大いに祝福してくださいました。さらに神様は、彼らの世話をする宦官(宮廷に仕える役人)の長であるアシュペナズの心に、ダニエルたちをかわいがり、愛する心を与えてくださいました。

ダニエルは宦官の長に、「どうか、王様のごちそうやぶどう酒で自分たちを汚さないようにさせてください。私たちは野菜と水だけでいいです」と丁寧にお願いしました。すると宦官の長は「生意気なことを言うな!」と怒るのではなく、こう言いました。

「私は王様が恐ろしいのだ。もしお前たちが肉を食べずに野菜ばかり食べていて、他の少年たちよりも顔色が悪くなり、元気を失っているところを王様に見られたら、私の首が飛んでしまう(罰せられてしまう)。」

そこでダニエルは提案します。「では、どうか10日間だけ私たちを試してみてください。王様のごちそうではなく、私たちには野菜と水だけを与えて、どうなるか見てください。」

そして、実際にそのように試してみた結果、どうなったでしょうか。15節を一緒に宣言しましょう。

「十日の終わりになると、彼らの顔色は王の食べるごちそうを食べているどの少年よりも良く、体も肥えていた。」(ダニエル1:15)

アーメン。彼らの顔色は、王様の豪華なごちそうを食べていた他のどの少年たちよりもはるかに良くなっていました。「体が肥えていた」とありますが、これは別にブヨブヨに太ってしまったという意味ではありません。非常に発育が良く、ガッチリとしていて、健康的で美しい体格になっていたという意味です。顔色が良くなっただけでなく、体つきも他の少年たちよりはるかに健康的で、いわば「イケメンでナイスボディ」になっていたのです。

主の御言葉によって魂が養われ、また自分自身の口に入れる食べ物にも気をつけること。神様が喜ばれないものや、自分の体を壊すようなものを控え、「自分は神様に喜ばれる者になりたい、神様の前にきよい者でありたい」という願いを持って、口から入る食べ物や、耳から入る霊的な情報に気をつけて生きるなら、皆さんも彼らのように顔色が良くなり、体も健康になっていくのです。

他の少年たちが、ただ美味しいものを食べてだらしない体つきになっていく中で、ダニエルたちは素晴らしい体格を保っていました。

それを見て、世話役はどうしたか。16節には「それで世話役は、彼らの食べるはずだったごちそうと飲むはずだったぶどう酒を取りやめて、彼らに野菜を与えることにした」とあります。

その結果、彼らはさらにどうなっていったでしょうか。17節を一緒に宣言しましょう。

「神はこの四人の少年に、知識と、あらゆる文学を悟る力と知恵を与えられた。ダニエルはすべての幻と夢とを解くことができた。」(ダニエル1:17)

アーメン。このダニエルたち4人の少年には、神様から特別な「知識」と「文学を悟る力」が与えられました。つまり、並外れた文章読解力が与えられたのです。普通の人なら、3行の文章を読んでも「何を言っているのかさっぱり分からない」とお手上げになるところを、彼らは他の人より10倍も賢かったので、その3行を読んだだけで作者の言いたいことを完全に理解しました。それどころか、作者がまだ書いていないその前の3行、後ろの3行のことまで読み取ってしまうほどの深さがありました。テストなら100点満点どころか、試験官が120点を与えたくなるほどの、素晴らしい知恵の持ち主になったのです。

また、ダニエルには「すべての幻と夢とを解く力」が与えられました。人が聞いて「わけがわからない、まるで宇宙語だ」と思うような言葉の、さらにその裏に隠された意味までも、ダニエルは見事に読み解くことができたのです。

そしていよいよ、彼らの教育期間が終わり、宦官の長が彼らをネブカデネザル王の前に連れて行く日が来ました。王様が彼らと面談をしてみると、どうだったでしょうか。

20節から21節を見るとこう書かれています。

「王が彼らに尋ねてみると、知恵と悟りのあらゆる面で、彼らは国中のどんな呪法師、呪文師よりも十倍も勝っているということがわかった。」「ダニエルはクロス王の元年までそこにいた。」(ダニエル1:20-21)

王様から見ても、彼ら4人に並ぶ者は一人もいませんでした。彼らは、国中にいるどんな優秀な学者や占い師(呪法師・呪文師)よりも、10倍も優れていることが分かりました。

そしてダニエルは、この後、王様が4代も交代する長い期間にわたって、ずっと最高のトップの地位を保ち続けたのです。

「10倍勝っていた」というのは、神様の「ヤード」が10倍置かれていたという意味です。「ヤード」とはヘブライ語で「手」のことです。つまり、神様の力強い御手が、彼らの上に10倍の豊かさで置かれていたということです。どうか、神様の御手(ヤード)が、皆さんの上にも10倍置かれますように。アーメン。

【結論】

今日の結論をまとめましょう。

まず、エホヤキムという王様について見ました。彼は神様の御言葉を心に留めず(テフィリンせず)、むしろ軽んじて預言の巻物を切り裂き、火にくべてしまいました。神様の警告を無視し、自分の権力と利益を優先させて不正を行いました。その結果、彼はろばの埋葬のようにエルサレムの門の外に投げ捨てられるという、悲惨な最期を迎えました。

一方でダニエルたちは、一見すると敵国バビロンに捕虜として連れて行かれたように見えましたが、実はそこは、神様が彼らを守り育てるための「特別保護区域」でした。彼らはそこで神様の特別教育を受けました。

バビロンでの「一次試験」は、苦しい迫害ではなく、「豪華なごちそう」という彼らを気持ちよくさせる誘惑でした。ダニエルたちは日頃から御言葉を心に刻んでいたため、「これは神様に喜ばれないものだ。自分の身をきよく保とう」と決断することができました。

王様のごちそうを拒否すれば死刑になってもおかしくない状況でしたが、神様は役人の心を変えて彼らを特別扱いさせました。その結果、彼らは外見も健康も素晴らしくなり、王様から見ても他の誰より10倍も優れた知恵を持つ者として認められたのです。

皆さんも、ダニエルたちのように10倍の知恵と力を持つ者になりたいですか?アーメン。

どうか皆さんも御言葉を心に蓄え、口ずさんでください。口から入る食べ物や情報にも気をつけて自分をきよく保ちましょう。

そして、この神様の言葉が軽んじられている現代において、皆さんがダニエルやその友人たちのように、世の国々を動かし、神様の栄光を豊かに現していく存在となりますように、イエス様のお名前によって祝福いたします。

アーメン。愛するイエス様、私たちを呼び出してくださったことを感謝します。現代はバビロンの時代のように、神様の言葉が軽んじられる世の中です。しかし、そのような中にあっても、私たちが世の中で秀でた者、知恵深い者となり、外見も内面も健やかで美しい者へと成長させてください。

神様にあって祝福され、知恵と力が10倍となる私たちでありますように。若い世代の子供たちに御言葉の教育を施すことが、どれほど素晴らしいことでしょうか。つくばみらいの地において、この時代のダニエルやエステルのような若者たちを育んでいくことができますように導いてください。今日いただいた御言葉に感謝し、私たちの愛する主イエス様のお名前によってお祈りいたします。アーメン。

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