メッセージ - 信仰・断食・召命の決断(エステル4章)2026/06/08
信仰・断食・召命の決断(エステル4章)
メッセージ音声
【概要】
ペルシア帝国によるユダヤ人絶滅の危機に際し、モルデカイと王妃エステルが信仰を貫き、神に頼って立ち上がった姿を通して、私たちも置かれた場所で神の民としての使命を果たすことの重要性を学びます。
【聖書箇所】
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エステル4:1-3
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エステル4:7
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エステル4:8
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エステル4:11
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エステル4:12-14
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エステル4:16
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エステル4:17
【励ましの言葉】
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信仰を貫き通すなら、神様は必ず助けを起こしてくださいます。
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あなたが今この場所に置かれているのは、まさに「このような時のため」です。
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神様が与えてくださった立場や能力は、神の国と神の民のために用いるべきものです。
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たとえ小さく弱いもののように見えても、御言葉を貫くなら、やがて大いなる救いを見ることができます。
【戒めの言葉】
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安全な場所にいるからといって、危機にある神の民を顧みず、何もしないでいてはなりません。
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神様から与えられた地位や機会を神のために用いなければ、滅びてしまいます。
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不従順は、子々孫々にまで不幸をもたらすことがあります。
【勧めの言葉】
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危機に際しては、まず主の御前に断食し、自分を低くして祈り求めるべきです。
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神の民としてのプライドを貫き通し、決して降ろしてはならないものを守りましょう。
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問題に直面した時、「どうしようか」と人間的に考えるのではなく、「主は何とおっしゃっているのか」を御言葉に尋ねましょう。
【***詳細***】
今日はエステル記の4章から、主の恵みをいただきたいと思います。初めに1節から3節をお読みします。
モルデカイはなされたすべてのことを知った。モルデカイは衣を引き裂き、荒布をまとい、灰をかぶり、大声で激しくわめき叫びながら、都の真ん中に出て行った。そして、王の門の前のところまで来た。王の門の中には、荒布をまとったままでは入ることができなかったのである。王の命令とその法令が届いたどの州においても、ユダヤ人の間には大きな悲しみがあり、断食と鳴き声と嘆きが起こり、多くの人たちは荒布をまとって灰の上に座った。(エステル4:1-3)
新しい年が主の御言葉によって始まり、主の御言葉のうちに進んでいける幸いを感謝します。私たちはそれぞれ、遣わされた場所に置かれています。なぜそこにいるのか、なぜそこに進もうとしているのか。私たちがイエス様を信じて歩んでいる限り、神様がその道を備え、「これに行きなさい」とおっしゃっているのです。
今日の箇所では、ユダヤ人全体が滅ぼされるという危機に陥り、嘆きと悲しみ、叫びが起こりました。当時の世界で最も権威のあったペルシア帝国が、彼らを殺そうとしていたのです。しかも、その法令は取り消すことができません。この絶望的な状況の中で、ユダヤ人たちは大きな嘆きに包まれました。
モルデカイは、この事態を知るとすぐに衣を引き裂き、荒布をまとい、灰をかぶって都に出て行きました。しかし、彼がいつも仕事をしていた王の門の前まで来ましたが、中に入ることはできませんでした。当時の法令で、荒布をまとったまま王の門に入ることは禁じられていたからです。それでも、モルデカイは荒布を脱ぎませんでした。
荒布をまとうという行為は、ユダヤ人にとって、主の御前に自分を低くし、ただ主に求めるという信仰の表明でした。衣を引き裂くことは、自分の心を引き裂いていることを主の御前に示す行為です。エステル記には「神」や「主」という言葉が直接出てきませんが、モルデカイの行動の背後には、はっきりと主に対する思いがありました。彼は王妃エステルに会うことよりも、まず主の御前に断食し、自分を低くすることを最優先したのです。
他のユダヤ人たちも同様でした。国中に「断食と鳴き声と嘆きが起こり、多くの人たちは荒布をまとって灰の上に座った」とあります。彼らもまた、政治的・軍事的な解決策に頼る前に、まず神様に向かって叫び求めたのです。この神様に向かう姿勢こそが、ユダヤ民族がエステルの時代だけでなく、その後のホロコーストのような多くの苦難を乗り越え、今日に至るまで力強く存在し続けている理由なのです。
さて、この知らせは王宮にいるエステルにも届きました。彼女はモルデカイの様子を聞いて深く悲しみ、宦官ハタクを通して、なぜそのようなことをしているのか尋ねさせます。エステルは着替えの衣服を送りますが、モルデカイはそれを拒否します。主の御前にへりくだっている今、荒布を脱ぐわけにはいかなかったのです。そして、モルデカイはハタクに事の次第をすべて告げます。
モルデカイが自分の身に起こったことをすべて彼に告げ、ハマンがユダヤ人を滅ぼすために王の宝物庫に収めると約束した正確な金額も告げた。また、ユダヤ人を根絶やしにするために、スサで発布された法令の文書の写しを彼に渡した。(エステル4:7)
王宮の中にいたエステルは、この深刻な事態を知りませんでした。この問題は、そもそもモルデカイがハマンにひれ伏すことを拒んだことから始まっています。しかしモルデカイは、エステルに事態を伝える際、「私が悪かった」とか「あの時ひれ伏しておけばよかった」などとは一切言いません。彼はただ主の御前に悔い改めの断食をし、自分を低くし、そしてエステルには正確な状況を伝えただけでした。
それはエステルに見せて事情を知らせ、そして彼女が王のところに行って、自分の民族のために王からの憐れみを乞い求めるように彼女に命じるためであった。(エステル4:8後半)
この危機を王に訴え出るのに、王妃であるエステルほど適した人物はいませんでした。モルデカイは彼女に、自分の民族、神の民のために王に取りなすよう命じたのです。
私たちが信仰を貫くと、しばしば反動が返ってきます。その反動だけを見て、「もっと妥協すればよかった」「自分が悪かったんだ」と思ってしまいがちです。しかし、モルデカイはそうではありませんでした。彼は、神の民としてアマレク人(ハマンはアマレク人の末裔)に対して貫いた正しい態度に、一点の曇りもありませんでした。周りのユダヤ人たちも、「なぜお前だけひれ伏さなかったのか」とモルデカイを責めることなく、一つとなって断食し、神に叫び求めました。だからユダヤ人は強いのです。私たちも、神様に対する姿勢を貫くなら、それは神様の目に高価で尊いものです。神様は必ず助けを起こしてくださいます。
しかし、エステルには懸念がありました。彼女はモルデカイにこう伝えます。
「王の家臣たちも、王の諸州の民も、だれでも知っているように、召されないのに奥の中庭に入って王のところに行く者は、男でも女でも死刑に処せられるという一つの法令があります。ただし、王がその人に金の笏を差し伸ばせば、その人は生きながらえます。私はこの三十日間、まだ王のところへ行くようにと召されていません。」(エステル4:11)
王に呼ばれていないのに御前に出れば、王妃であっても死刑になる可能性があったのです。しかも、エステルはもう30日間も王に呼ばれていませんでした。失敗すれば死が待っている。彼女が躊躇し、恐れを抱くのは自然なことでした。
その答えを聞いたモルデカイは、エステルに力強い言葉を送ります。
あなたは、すべてのユダヤ人から離れて王宮にいるので助かるだろうと考えてはいけない。もしあなたがこのような時に沈黙を守るなら、別のところから助けと救いがユダヤ人のために起こるだろう。しかし、あなたもあなたの父の家も滅びるだろう。あなたがこの王国に来たのは、もしかするとこのような時のためかもしれない。(エステル4:12-14)
私たちも、「自分は安全な場所にいるから大丈夫」と考えてはいけません。世界では信仰のゆえに迫害されている兄弟姉妹がいます。私たちは彼らのために祈り、行動を起こすべきです。
モルデカイは言います。「あなたが沈黙を守るなら、助けは別のところから来る。しかし、あなたは滅びる」と。神様が与えてくださった王妃という立場。プリンセスになることは多くの人の憧れですが、それはゴールではありません。神様がその立場に置かれたのには目的があります。それは、神の国と神の民のためです。与えられた地位や機会を用いないなら、それは失われてしまいます。
そして、あの有名な言葉。「あなたがこの王国に来たのは、もしかするとこのような時のためかもしれない」。
今、私たちがこの場所に置かれている理由も、まさに「このような時」のためなのです。クリスチャン人口が極めて少ないこの日本という国、この世界情勢の中で、神様が皆さんを今の場所、今の立場に置いてくださったのには意味があります。私たちは無関係だと思ってはなりません。与えられた賜物、財産、専門性、そのすべてを神様のために用いるべきなのです。
この言葉を聞いたエステルの心は決まりました。
「行って、スサにいるユダヤ人をみな集め、私のために断食してください。三日三晩、食べたり飲んだりしないようにしてください。私も私の侍女たちも同じように断食します。そのようにした上で、法令に背くことですが、私は王のところへ参ります。私は死ななければならないのでしたら、死にます。」(エステル4:16)
彼女はまず、自分のために断食して祈ってくれるよう頼みました。そして「死ななければならないのでしたら、死にます」と、死を覚悟して王の前に進み出る決意を固めたのです。この姿には、ゲツセマネで「私の願いではなく、あなたの御心のままになさってください」と祈り、十字架へと向かわれたイエス様の姿が重なります。
聖書ではしばしば「三日目」に復活、救いが起こります。イエス様も三日目によみがえられました。この三日間の断食は、エステルとユダヤ人にとって辛い時間だったでしょう。しかし、彼らは三日の死の後には復活があることを信じていました。この断食は、ただ食べず飲まずにいることではありません。神様に集中し、命を懸けて祈り求めるためのものでした。
モルデカイは出て行って、エステルが彼に頼んだとおりにした。(エステル4:17)
モルデカイがこのことをユダヤ人たちに伝えると、彼らは皆、それに従いました。この事態を引き起こした張本人とも言えるモルデカイの言葉に、彼らは従ったのです。なぜなら、彼らはモルデカイが神の民としてのプライドを貫いたことを知っていたからです。彼らは一つとなり、三日三晩断食して神に祈り、救いを待ち望みました。これこそが、ユダヤ人が生き残り、神に守られてきた秘訣です。
私たちにも、主から与えられた使命と、神の民として貫き通すべきプライドがあります。エステルもモルデカイもそれを貫きました。私たちも、イエス様にあって神の民としての誇りを持ち、貫くべき御言葉を貫き通しましょう。たとえ今は小さく弱い存在に見えても、御言葉をこの地にしっかりと根ざすなら、やがて大いなる救いと栄誉がもたらされます。エステル記の結末で、モルデカイとエステル、そしてユダヤの民が大いなる栄誉を得たように。
皆さんが今この時代に生かされているのは、まさにこの時のためです。この御言葉を受け取り、この日本において神の栄光を現していく者となりましょう。
【結論】
ユダヤ民族が滅亡の危機に瀕した時、モルデカイとエステルは、人間的な策略に頼るのではなく、まず神の御前に断食し、へりくだって祈り求めました。そしてエステルは「死ななければならないのでしたら、死にます」という覚悟をもって、王妃という立場を神の民の救いのために用いました。私たちも、神が今の時代、今の場所に置かれた目的を悟り、与えられた立場や賜物を神の栄光のために用いるべきです。困難に直面した時こそ、信仰のプライドを貫き、一つとなって主に叫び求めるなら、主は必ず救いの道を開いてくださいます。
