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自分は主にあっていかなる立場であるかという宣言に基づいた祈り(詩篇71篇)
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- pastor 2020-8-5 8:13
詩篇 講解説教
自分は主にあっていかなる立場であるかという宣言に基づいた祈り(詩篇71篇)
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・珍しく、この詩篇に表題は無い。なお、70人訳は「ダビデによる.ヨナダブの子らと最初に捕囚になった者たちによって歌われた詩篇」という意味の表題が付けられている。
71:1 主よ、わたしはあなたに寄り頼む。とこしえにわたしをはずかしめないでください。
71:2 あなたの義をもってわたしを助け、わたしを救い出してください。あなたの耳を傾けて、わたしをお救いください。
71:3 わたしのためにのがれの岩となり、わたしを救う堅固な城となってください。あなたはわが岩、わが城だからです。
・作者は、自分は、主に寄り頼む者である、と、まず宣言した。主が自分にとって、のがれの岩、わが城である、と。
・そして彼は、主に「あなたの義をもってわたしを助け」救い出して下さい、と祈り求めた。世の者が横暴さや卑劣さをもって自分の意を成し遂げようとする時、主の義が、神の民にとって救いとなる。
・神が支配し、同時に悪魔も働いているこの世において、自分は主にあって何者であるか、どの立場を取るのか表明するなら、主の義が、働いて下さる。
71:4 わが神よ、悪しき者の手からわたしを救い、不義、残忍な人の支配から、わたしを救い出してください。
・彼は4節で、特に悪しき者からの救いを願い、そして5-8節では、彼自身と、主との関係を、宣言している。
71:5 主なる神よ、あなたはわたしの若い時からの/わたしの望み、わたしの頼みです。
71:6 わたしは生れるときからあなたに寄り頼みました。あなたはわたしを母の胎から取り出されたかたです。わたしは常にあなたをほめたたえます。
71:7 わたしは多くの人に/怪しまれるような者となりました。しかしあなたはわたしの堅固な避け所です。
71:8 わたしの口はひねもす、あなたをたたえるさんびと、頌栄とをもって満たされています。
・彼は、若い時から主との交わりの中で生きて来て、彼の口にはいつも賛美があった。
・それで多くの人々は、彼の周りであまりに主が働かれるので、多くの人に驚き怪しまれるような者となった。私達も、いつも主を賛美し、主との交わりの中で生きるなら、多くの人々にとって奇跡と思われるようになる。
71:9 わたしが年老いた時、わたしを見離さないでください。わたしが力衰えた時、わたしを見捨てないでください。
・歳をとって衰えるような事があっても、主に求めるなら、主が働き、悪い者の手から助けて下さる。
・10-14節において、彼は、彼にあだする者、損なおうとする者が、災いに遭う事を、主に求めている。なぜなら、主の民を噛みつき、損なおうとする者にとっての祝福とは、彼らののぞみ通りになる事ではなく、むしろ、その悪のわざが失敗し、痛い目にあって、もはや悪のわざを止め、主の栄光をほめたたえるようになる事だからだ。
71:15 わたしの口はひねもすあなたの義と、あなたの救とを語るでしょう。わたしはその数を知らないからです。
71:16 わたしは主なる神の大能のみわざを携えゆき、ただあなたの義のみを、ほめたたえるでしょう。
・彼は17-20節において、神が今までどのようにして来て下さったか、その体験から、15-16節において主はいかなるお方であるのかを宣言している。
71:17 神よ、あなたはわたしを若い時から教えられました。わたしはなお、あなたのくすしきみわざを宣べ伝えます。
71:18 神よ、わたしが年老いて、しらがとなるとも、あなたの力をきたらんとするすべての代に/宣べ伝えるまで、わたしを見捨てないでください。
・まさにイザヤ書に書いてある通りである。
イザヤ46:3 「ヤコブの家よ、イスラエルの家の残ったすべての者よ、生れ出た時から、わたしに負われ、胎を出た時から、わたしに持ち運ばれた者よ、わたしに聞け。
46:4 わたしはあなたがたの年老いるまで変らず、白髪となるまで、あなたがたを持ち運ぶ。わたしは造ったゆえ、必ず負い、持ち運び、かつ救う。
・そう、主は主の民を、背中に負って運んで来られたのだ。
・以降、彼はこれから、その主に対して、どのようにして行くのかという表明をして、詩篇を閉じる。
71:19 神よ、あなたの大能と義とは高い天にまで及ぶ。あなたは大いなる事をなされました。神よ、だれかあなたに等しい者があるでしょうか。
71:20 あなたはわたしを多くの重い悩みに/あわされましたが、再びわたしを生かし、地の深い所から引きあげられるでしょう。
71:21 あなたはわたしの誉を増し、再びわたしを慰められるでしょう。
71:22 わが神よ、わたしはまた立琴をもって/あなたと、あなたのまこととをほめたたえます。イスラエルの聖者よ、わたしは琴をもってあなたをほめ歌います。
71:23 わたしがあなたにむかってほめ歌うとき、わがくちびるは喜び呼ばわり、あなたがあがなわれたわが魂もまた/喜び呼ばわるでしょう。
71:24 わたしの舌もまたひねもす/あなたの義を語るでしょう。わたしをそこなわんとした者が/恥じあわてたからです。
「この町はなべで、私たちはその肉だ」と言っている者達(エゼキエル11章)
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- 礼拝メッセージ説教音声配信 » 講解説教(旧約) » エゼキエル書
- 執筆 :
- pastor 2020-7-29 14:44
詩篇 講解説教
幸いを得る主の民と、災いが降る神を蔑む者(詩篇70篇)
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詩篇70篇表題『聖歌隊の指揮者によってうたわせたダビデの記念の歌』
・「記念の歌」と訳された語レ・ハズキール(原型ザカール)は、「覚える」事の意味。
・1歴代誌16:4には、ダビデがエルサレムに契約の箱を運び入れた時、主を「覚えて(レ・ハズキール)」聖歌隊を初めて編成した記述があり、以降、詩篇をもって、主の前にいつも賛美が捧げられるようになった。
・ダビデは1節で、主に対し、すみやかな救いを求めて、最後の5節で繰り返している。それにサンドイッチされた”中身”は、2-3節と4節で分けられる。
・この詩篇70篇は、ダビデ一人のものではなく、全て、主を助けとし、救い主とする人達(5節)のものである。
・2-3節において、ダビデは、彼に良くない事をする者どもが、**となるように、という祈りを3つしている。すなわち、
1,彼ののいのちをたずね求める者どもが、恥じ慌てるように。
2,彼の損なわれる事を願う者どもが、うしろに退かせ、恥を負わせられるように。
3,彼に向かって「あはぁ、あはぁ」と言う者どもが、自分の恥によって恐れおののかせられるように。
・これは、ダビデに嫌な思いをさせる者に災いが降るように、といった、単純な負け犬の遠吠えのようなものと考えてはならない。
・イエス様は、敵の祝福のために祈るように、と言われたが、例えば、神を蔑む者にとっての祝福は、神への蔑みが成功する事だと思っているであろうが、彼にとっての真の祝福は、永遠の滅びに至らないために、神への蔑みや、呪いをもたらすわざを、止める事である。
・神の民ののいのちをたずね求める者どもが、恥じ慌てる事、また、神の民の損なわれる事を願う者どもが退かせられ、恥を負わせられる事、また、神の民に向かって「あはぁ、あはぁ」と言う者どもが、自分の恥によって恐れおののかせられる事が、実は、彼らにとって、祝福なのだ。それによって、彼らが永遠の滅びに通じる性質を止めるようになるからであり、それによって、主が蔑まれる事がなくなるからだ。
・だから私達も、神が侮られないために、神の民に敵対する者に対し、積極的にダビデのような祈りをするべきなのだ。
・4節では、主の民の祝福を2つ祈っている。すなわち、
1,すべてあなたを尋ね求める者は、主によって喜び楽しむように。
2,あなたの救を愛する者は、常に「神は大いなるかな」ととなえるように。
・主の民が祝福され、高められていく事、そして、主を蔑む者達が災いに遭う事は、すなわち、父なる神が、栄光をお受けになる事である。次のように書いてある。
イザヤ65:13 それゆえ、主なる神はこう言われる、「見よ、わがしもべたちは食べる、しかし、あなたがたは飢える。見よ、わがしもべたちは飲む、しかし、あなたがたはかわく。見よ、わがしもべたちは喜ぶ、しかし、あなたがたは恥じる。
65:14 見よ、わがしもべたちは心の楽しみによって歌う、しかし、あなたがたは心の苦しみによって叫び、たましいの悩みによって泣き叫ぶ。
65:15 あなたがたの残す名は/わが選んだ者には、のろいの文句となり、主なる神はあなたがたを殺される。しかし、おのれのしもべたちを、ほかの名をもって呼ばれる。
65:16 それゆえ、地にあって/おのれのために祝福を求める者は、真実の神によっておのれの祝福を求め、地にあって誓う者は、真実の神をさして誓う。さきの悩みは忘れられて、わが目から隠れうせるからである。
・最後にダビデは、自分が主に属する者であると告白し、1節の祈りを繰り返している。
詩篇70:5 しかし、わたしは貧しく、かつ乏しい。神よ、急いでわたしに来てください。あなたはわが助け、わが救主です。主よ、ためらわないでください。
・主は言われた。心の貧しい者(原文:霊においてこじきである者)はさいわいである、天の王国は、その人のものだから、と。なぜなら彼らは、自分の力ではなく、ただ主により頼んでいるからである。ダビデは、自分が貧しく乏しい、だから主よ、あなたが必要です、と告白した。主は、そのような人にこそ、助けを送ってくださる。
・ダビデは、主に、急いで来てください、と祈った。これは全て聖徒たちの祈りである。
黙示録22:17 御霊も花嫁も共に言った、「きたりませ」。また、聞く者も「きたりませ」と言いなさい。かわいている者はここに来るがよい。いのちの水がほしい者は、価なしにそれを受けるがよい。
・・・
22:20 これらのことをあかしするかたが仰せになる、「しかり、わたしはすぐに来る」。アァメン、主イエスよ、きたりませ。
詩篇 講解説教
不当な者から理不尽なそしりを受けた時の対処法(詩篇69篇)
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詩篇69篇表題『聖歌隊の指揮者によってゆりの花のしらべにあわせてうたわせたダビデの歌』
・詩篇69篇は、ダビデが彼の信仰と主への忠実さゆえに人から苦しみや迫害を受けた事を主に訴えたものであるが、これはイエス様が通られた道であり、私達信仰者も必ず通る道である。
・だからこの詩は、新約において何度か引用されており、それも特に、イエス様の十字架の場面でよく引用されている。
・まずはダビデの窮状の訴えから始まる。
69:1 神よ、わたしをお救いください。大水が流れ来て、わたしの首にまで達しました。
69:2 わたしは足がかりもない深い泥の中に沈みました。わたしは深い水に陥り、大水がわたしの上を流れ過ぎました。
69:3 わたしは叫びによって疲れ、わたしののどはかわき、わたしの目は神を待ちわびて衰えました。
69:4 ゆえなく、わたしを憎む者は/わたしの頭の毛よりも多く、偽ってわたしの敵となり、わたしを滅ぼそうとする者は強いのです。わたしは盗まなかった物をも/償わなければならないのですか。
・4節はヨハネ15:25でイエス様が引用している。キリスト者も、そして私達の主イエス様も、神の敵から、ゆえなく憎まれる事は定まっている。
・ダビデは、何も悪い事はしておらず、ただ、神に仕えている、というだけで、そしりを受けている。そんなダビデによる、信仰者のためにとりなす、とりなしの祈りである。
・その内容は、人々が、迫害されているダビデを見て、ああ、自分も神に仕えるなら、ダビデのようになってしまうのか、と恐れて、彼らが信仰から離れてしまわないように、という祈りである。
69:5 神よ、あなたはわたしの愚かなことを/知っておられます。わたしのもろもろのとがは/あなたに隠れることはありません。
69:6 万軍の神、主よ、あなたを待ち望む者が/わたしの事によって、はずかしめられることのないようにしてください。イスラエルの神よ、あなたを求める者が/わたしの事によって、恥を負わせられることのないようにしてください。
69:7 わたしはあなたのためにそしりを負い、恥がわたしの顔をおおったのです。
69:8 わたしはわが兄弟には、知らぬ者となり、わが母の子らには、のけ者となりました。
・イエス様はまさに、肉親の兄弟からも理解されず、またイスラエルの同胞からも、のけものにされた。
69:9 あなたの家を思う熱心がわたしを食いつくし、あなたをそしる者のそしりが/わたしに及んだからです。
・ここはヨハネ2:17で引用されている。主を思う熱心のあまり、直情的な行動をして、それが人々からの攻撃材料になってしまう。その行動が、たとえイエス様のように正当であったにしても、あるいは、愚かさや浅はかさの故だったにしても。
・ダビデは5節で、自分の愚かしさを告白している。しかしそれが、義人達の攻撃材料にならないように、と、とりなし祈っている。
・10-12節では、ダビデが、迫害する者達から具体的にどんな行為を受けているのかを挙げている。
69:10 わたしが断食をもってわたしの魂を悩ませば、かえってそれによってそしりをうけました。
69:11 わたしが荒布を衣とすれば、かえって彼らのことわざとなりました。
69:12 わたしは門に座する者の話題となり、酔いどれの歌となりました。
・ダビデは主のためにあるいは誰かをとりなすために断食したり、粗布をまとっても、それがそのまま、ダビデをばかにする材料となり、酔いどれの歌のネタにされている。
・そこで、救いを求める祈りを主に祈る。それが13-18節。
69:13 しかし主よ、わたしはあなたに祈ります。神よ、恵みの時に、あなたのいつくしみの豊かなるにより、わたしにお答えください。
69:14 あなたのまことの救により、わたしを泥の中に沈まぬよう助け出してください。わたしを憎む者から、また深い水からわたしを助け出してください。
69:15 大水がわたしの上を流れ過ぎることなく、淵がわたしをのむことなく、穴がその口をわたしの上に閉じることのないように/してください。
69:16 主よ、あなたのいつくしみの深きにより、わたしにお答えください。あなたのあわれみの豊かなるにより、わたしを顧みてください。
69:17 あなたの顔をしもべに隠さないでください。わたしは悩んでいるのです。すみやかにわたしにお答えください。
69:18 わたしに近く寄って、わたしをあがない、わが敵のゆえにわたしをお救いください。
・以上、いわば防戦の、受け身の祈りだったが、19節以降は、攻撃の、賛美の、積極的な祈りに転換する。
69:19 あなたはわたしの受けるそしりと、恥と、はずかしめとを知っておられます。わたしのあだは皆あなたの前にあります。
・義人に対する迫害も、主を敬うゆえにばかにされた全ての事も、全ては、主の目の前で行われていた。主は見ておられた。その事を宣言する。
69:20 そしりがわたしの心を砕いたので、わたしは望みを失いました。わたしは同情する者を求めたけれども、ひとりもなく、慰める者を求めたけれども、ひとりも見ませんでした。
69:21 彼らはわたしの食物に毒を入れ、わたしのかわいた時に酢を飲ませました。
・イエス様が十字架上で、誰からもかえりみられず、酸いぶどう酒を差し出された。その事は、4福音書に記されている。
・22-28節は、敵に対する徹底的な呪いの祈りである。これは詩篇109篇に通じる。
69:22 彼らの前の食卓を網とし、彼らが犠牲をささげる祭を、わなとしてください。
69:23 彼らの目を暗くして見えなくし、彼らの腰を常に震わせ、
69:24 あなたの憤りを彼らの上にそそぎ、あなたの激しい怒りを彼らに追いつかせてください。
69:25 彼らの宿営を荒し、ひとりもその天幕に住まわせないでください。
69:26 彼らはあなたが撃たれた者を迫害し、あなたが傷つけられた者をさらに苦しめるからです。
69:27 彼らに、罰に罰を加え、あなたの赦免にあずからせないでください。
69:28 彼らをいのちの書から消し去って、義人のうちに記録されることのないようにしてください。
・こんな祈りをしても良いのか?!と思うかもしれない。しかし主は、私達の心を全てご存知である。「あ、こんな事を祈ったら主は喜ばれないかもしれない、だから、これは祈らないでおこう」という、心の一言一句さえも。
・だから、怒り悲しみ苦しみ嘆き、全て、主に吐き出すべきなのだ。ちょうど幼子が親に何もかも正直に感情をぶつけるように。
・もし、心に抱えているそれらを、主にではなく、人にぶちまけるなら単なる愚痴となって人を汚してしまい、また主にも人にもぶちまけず、一人抱えてしまうなら、精神を病んでしまう。
・しかし、主に吐き出すなら、それは訴えの祈りとなって、主に立ち上り、問題は主に移ったという事で、心に平安が来る。
・29-33節では、主に全てを打ち明けた事で心に平安が来たダビデの、救われる事への確信が表明されている。
69:29 しかしわたしは悩み苦しんでいます。神よ、あなたの救が/わたしを高い所に置かれますように。
・28節以前、主へ訴えをしていた時は、鬱憤に満ちた濁った感情があったが、全てを主にぶちまけた後、心がすっきりしている。
69:30 わたしは歌をもって神の名をほめたたえ、感謝をもって神をあがめます。
69:31 これは雄牛または角とひずめのある雄牛にまさって/主を喜ばせるでしょう。
・彼は主に、クリアな心で、賛美と感謝を捧げている。濁った心のままで賛美を無理矢理捧げるよりも、主に全てをぶちまけたほうが良い。
69:32 へりくだる者は、これを見て喜べ。神を求める者よ、あなたがたの心を生きかえらせよ。
69:33 主は乏しい者に聞き、その捕われ人をかろしめられないからである。
・5-7節では、そしりを受けているダビデを見た人達が試みに遭わないよう、とりなし祈っていたが、ここでは既に確信を得ている。
・それで彼は、へりくだる者、神を求める者には、主はちゃんと報いて下さるから、喜ぶように、心を生き返らせるようにと勧めている。
・34節以降、最後までは、確信に満ちた賛美で閉じている。
69:34 天と地は主をほめたたえ、海とその中に動くあらゆるものは主をほめたたえよ。
69:35 神はシオンを救い、ユダの町々を建て直されるからである。そのしもべらはそこに住んでこれを所有し、
69:36 そのしもべらの子孫はこれを継ぎ、み名を愛する者はその中に住むであろう。
・主は、主を敬う人をどうしてくださるか。動詞に着目すると、主は救い、建て直し、住み、所有し、受け継ぎ、住めるという報いが与えられる。その事をダビデは、確信をもって宣言し、主をほめたたえている。
・結局、人から受ける理不尽の悩みの時、主に全てを訴えるのである。そうするなら主は平安と確信を与え、そして実際に、主の救いが来るからだ。
・ダビデも、イエス様も、不当な苦しみを受けたが、最終的には父なる神に全てを打ち明ける事によって、勝利した。私達すべての信仰者も、それにならうべきである。
・この詩篇69篇の結論的な内容が、1ペテロ2:19-21に記されている。
1ペテロ2:19 もしだれかが、不当な苦しみを受けても、神を仰いでその苦痛を耐え忍ぶなら、それはよみせられることである。
2:20 悪いことをして打ちたたかれ、それを忍んだとしても、なんの手柄になるのか。しかし善を行って苦しみを受け、しかもそれを耐え忍んでいるとすれば、これこそ神によみせられることである。
2:21 あなたがたは、実に、そうするようにと召されたのである。キリストも、あなたがたのために苦しみを受け、御足の跡を踏み従うようにと、模範を残されたのである。
詩篇 講解説教
イエス様と教会をあらわす詩篇(詩篇68:19-35)
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・詩篇68篇は、まさに主イエス様をあらわし、また教会をあらわす詩篇である。
68:19 日々にわれらの荷を負われる主はほむべきかな。神はわれらの救である。〔セラ
68:20 われらの神は救の神である。死からのがれ得るのは主なる神による。
・「救」のヘブライ語はヤーシャ、「神はわれらの救である」は、「イエシュアテヌー」という一言であらわされる。
・「イエシュア」はヘブライ語のイエス様の名前である。
・すなわち、イエス様の名の意味は、「神は救い」である。
・「日々にわれらの荷を負われる主」と書いてある通り、イエス様は言われた。
マタイ11:28 すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう。
・「また、死からのがれ得るのは主なる神による」と書いてある通り、イエス様は永遠に死を滅ぼし、私達を死から救ってくださるお方である。
詩篇68:21 神はその敵のこうべを打ち砕き、おのがとがの中に歩む者の/毛深い頭のいただきを打ち砕かれる。
・主は敵を、すなわち「おのがとがの中に歩む者」を打ち砕かれる。
68:22 主は言われた、「わたしはバシャンから彼らを携え帰り、海の深い所から彼らを携え帰る。
・バシャンは、 ヨルダン川の東、ヤボク川からヘルモン山までの間、ゲネサレ湖からハウラン山脈までの間の地帯で、肥沃な地として知られ、強い雄牛、高い木などが語られている。そこから、傲慢な意味合いで語られる事が多い。
・主は、私達を傲慢から、また死から救い出し、贖い出される。
68:23 あなたはその足を彼らの血に浸し、あなたの犬の舌はその分け前を/敵から得るであろう」と。
・まさに啓示録に記されている。
黙示録19:13 彼は血染めの衣をまとい、その名は「神の言」と呼ばれた。
19:14 そして、天の軍勢が、純白で、汚れのない麻布の衣を着て、白い馬に乗り、彼に従った。
19:15 その口からは、諸国民を打つために、鋭いつるぎが出ていた。彼は、鉄のつえをもって諸国民を治め、また、全能者なる神の激しい怒りの酒ぶねを踏む。
・・・
19:19 なお見ていると、獣と地の王たちと彼らの軍勢とが集まり、馬に乗っているかたとその軍勢とに対して、戦いをいどんだ。
19:20 しかし、獣は捕えられ、また、この獣の前でしるしを行って、獣の刻印を受けた者とその像を拝む者とを惑わしたにせ預言者も、獣と共に捕えられた。そして、この両者とも、生きながら、硫黄の燃えている火の池に投げ込まれた。
19:21 それ以外の者たちは、馬に乗っておられるかたの口から出るつるぎで切り殺され、その肉を、すべての鳥が飽きるまで食べた。
詩篇68:24 神よ、人々はあなたのこうごうしい行列を見た。わが神、わが王の、聖所に進み行かれるのを見た。
68:25 歌う者は前に行き、琴をひく者はあとになり、おとめらはその間にあって手鼓を打って言う、
・「行列」はハリーカー、歩む人達、マーチする人達で、ハーラフ(歩む)が元である。
・ダビデは、将来、神とともに歩む人達が、教会で色々な楽器を使って主をほめたたえ賛美している様を、幻で見たのかもしれない。
68:26 「大いなる集会で神をほめよ。イスラエルの源から出た者よ、主をほめまつれ」と。
68:27 そこに彼らを導く年若いベニヤミンがおり、その群れの中にユダの君たちがおり、ゼブルンの君たち、ナフタリの君たちがいる。
・ベニヤミン、ユダは、南ユダ王国の民族で、イエス様が歩まれた時代にエルサレム近辺に多くいた民族である。パウロもベニヤミンの末裔だった。
・ゼブルンとナフタリは、イエス様が福音を開始された場所、福音が広まっていった所である。
68:28 神よ、あなたの大能を奮い起してください。われらのために事をなされた神よ、あなたの力をお示しください。
68:29 エルサレムにあるあなたの宮のために、王たちはあなたに贈り物をささげるでしょう。
68:30 葦の中に住む獣、もろもろの民の子牛を率いる雄牛の群れを/いましめてください。みつぎ物をむさぼる者たちを足の下に踏みつけ、戦いを好むもろもろの民を散らしてください。
68:31 青銅をエジプトから持ちきたらせ、エチオピヤには急いでその手を/神に伸べさせてください。
・国々は主の栄光を見て、主を求めて集まってくる。
イザヤ45:14 主はこう言われる、「エジプトの富と、エチオピヤの商品と、たけの高いセバびととは/あなたに来て、あなたのものとなり、あなたに従い、彼らは鎖につながれて来て、あなたの前にひれ伏し、あなたに願って言う、『神はただあなたと共にいまし、このほかに神はなく、ひとりもない』」。
68:32 地のもろもろの国よ、神にむかって歌え、主をほめうたえ。〔セラ
68:33 いにしえからの天の天に乗られる/主にむかってほめうたえ。見よ、主はみ声を出し、力あるみ声を出される。
68:34 力を神に帰せよ。その威光はイスラエルの上にあり、その力は雲の中にある。
68:35 神はその聖所で恐るべく、イスラエルの神はその民に力と勢いとを与えられる。神はほむべきかな。
・主は栄光を受け取られる。私達の賛美の内に住まわれ、御力を表してくださる。
詩篇 講解説教
主から特別扱いをされているキリスト者(詩篇68:1-18)
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詩篇68篇表題『聖歌隊の指揮者によってうたわせたダビデの歌、さんび』
・この詩もまたダビデによるもので、神の民がいかに特別に扱われているかを感謝し主をほめたたえている。
・まずは、神の民に敵対する者、神の敵がなくなってしまうように、という祈りから。(1-2節)
68:1 神よ、立ちあがって、その敵を散らし、神を憎む者をみ前から逃げ去らせてください。
68:2 煙の追いやられるように彼らを追いやり、ろうの火の前に溶けるように悪しき者を神の前に滅ぼしてください。
・私達は、神に敵する人が滅ぼされますように、というより、その人の中の、神に敵する性質が滅ぼされますように、と祈るほうが、御心に適っている。
・それに比して、神の民には喜びが備えられる。
68:3 しかし正しい者を喜ばせ、神の前に喜び踊らせ、喜び楽しませてください。
68:4 神にむかって歌え、そのみ名をほめうたえ。雲に乗られる者にむかって歌声をあげよ。その名は主、そのみ前に喜び踊れ。
・雲に乗られる方、それは黙示録1:7にある通り、イエス・キリストである。
・その御方が来る時、彼を突き刺した者はことさら悲しみ、地の王たちは恐れまどう。
・しかし神の民は、喜び踊る。
・5-10節までは、なやむ者への配慮と、神の民に対する備えが記されている。
68:5 その聖なるすまいにおられる神は/みなしごの父、やもめの保護者である。
68:6 神は寄るべなき者に住むべき家を与え、めしゅうどを解いて幸福に導かれる。しかしそむく者はかわいた地に住む。
・そむく者(サーラル)は、背を向ける者、反抗的な者を意味する。そのような者は、かわいた地(やけつく地)に住む。
68:7 神よ、あなたが民に先だち出て、荒野を進み行かれたとき、〔セラ
68:8 シナイの主なる神の前に、イスラエルの神なる神の前に、地は震い、天は雨を降らせました。
68:9 神よ、あなたは豊かな雨を降らせて、疲れ衰えたあなたの嗣業の地を回復され、
68:10 あなたの群れは、そのうちにすまいを得ました。神よ、あなたは恵みをもって/貧しい者のために備えられました。
・神の民がエジプトで悩んでいた所、主はそこから導き出して、荒野でやしない、シナイ山で偉大な顕現の元、律法を授けられた。
・また、約束の地を雨で潤し、すばらしい相続地として備えて下さった。
68:11 主は命令を下される。おとずれを携えた女たちの大いなる群れは言う、
68:12 「もろもろの軍勢の王たちは/逃げ去り、逃げ去った」と。家にとどまる女たちは獲物を分ける、
・ここに、獲物を勝ち取る女たちと、逃げ去り、逃げ去る王たちが登場する。
・女たちは誰か。彼女らは良きおとずれを告げる女達、大いなる群れを成す女達である事から、キリストの花嫁、教会をあらわしていると言える。
・彼女たち教会は、地上の王たちから獲物を分捕る。教会は、世の支配者に勝利するキリストと共に、彼らから分捕る者たちなのだ。
68:13 たとい彼らは羊のおりの中にとどまるとも。はとの翼は、しろがねをもっておおわれ、その羽はきらめくこがねをもっておおわれる。
・羊のおりとは、まことの牧者キリストに囲われている私達・主の羊が養われている教会をあらわす、と言える。
・その羊のおりの中で、鳩が、銀で囲われ、その羽が黄金で覆われている。
・雅歌書にある通り、まことの花婿である主は、私達・花嫁である教会に「鳩」と呼んでくださり、銀で、金で飾り立ててくださる。
雅歌1:10 あなたのほおは美しく飾られ、あなたの首は宝石をつらねた首飾で美しい。
1:11 われわれは銀を散らした金の飾り物を、あなたのために造ろう。
1:15 わが愛する者よ、見よ、あなたは美しい、見よ、あなたは美しい、あなたの目ははとのようだ。
68:14 全能者がかしこで王たちを散らされたとき、ザルモンに雪が降った。
68:15 神の山、バシャンの山、峰かさなる山、バシャンの山よ。
68:16 峰かさなるもろもろの山よ、何ゆえ神がすまいにと望まれた山をねたみ見るのか。まことに主はとこしえにそこに住まわれる。
・世の中に立派な山々はたくさんあるが、それらの山々は、神がすまいとされる山、主を礼拝するシオンの山、神の教会を妬む。
・なぜなら教会は、主が住まわれるという事は、一切のものを、一切のものによって満たすお方が満ちている所だからである。
68:17 主は神のいくさ車幾千万をもって、シナイから聖所に来られた。
・主を持っているという事は、すなわち、全てを持っている、という事である。
68:18 あなたはとりこを率い、人々のうちから、またそむく者のうちから/贈り物をうけて、高い山に登られた。主なる神がそこに住まわれるためである。
・この箇所は新約エペソ書で引用されている。
エペソ4:8 そこで、こう言われている、/「彼は高いところに上った時、/とりこを捕えて引き行き、/人々に賜物を分け与えた」。
4:9 さて「上った」と言う以上、また地下の低い底にも降りてこられたわけではないか。
4:10 降りてこられた者自身は、同時に、あらゆるものに満ちるために、もろもろの天の上にまで上られたかたなのである。
・教会の主人であるキリストは、高い天から降りて来られ、低い所へと、しかも、十字架の死へと降られた。
・しかしよみがえり、多くの捕虜を引き連れて、天に昇られた。
・そのキリストの捕虜がすなわち私達キリスト者であり、悪魔サタンの圧政の下にいた所から、分捕り返され、栄光の神の支配へと移された。
