メッセージ - 高貴な人格者の弁明(創世記44:1-17)
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ヨセフの、兄達に対する試験はまだ終っていなかった。
『さてヨセフは家づかさに命じて言った、「この人々の袋に、運べるだけ多くの食糧を満たし、めいめいの銀を袋の口に入れておきなさい。またわたしの杯、銀の杯をあの年下の者の袋の口に、穀物の代金と共に入れておきなさい」。家づかさはヨセフの言葉のとおりにした。』(創世記44:1-2)
兄達はかつて、父親の寵愛を受けたヨセフを妬み、殺意を抱き、売り飛ばそうとしたが、その20年後の今、かつての自分と同じような境遇である末の弟・ベニヤミンに対してそのような仕打ちをしないか、簡単に見捨ててしまったり、父親を悲しませるような薄情さは無いかを知るため、ベニヤミンを家族の元から奪うという形で、試そうとした。
家づかさ達がヨセフに命じられた通りに行った時、兄達は答えた。
「わが主は、どうしてそのようなことを言われるのですか。しもべらは決してそのようなことはいたしません。袋の口で見つけた銀でさえ、カナンの地からあなたの所に持ち帰ったほどです。どうして、われわれは御主人の家から銀や金を盗みましょう。しもべらのうちのだれの所でそれが見つかっても、その者は死に、またわれわれはわが主の奴隷となりましょう」。(創世記44:7-9)
兄達のこの言葉からは、自分達の中には銀の杯を奪う者など100%いない、という確信と、彼等の平素のモラルの高さが、伺える。
ところが、末の弟ベニヤミンの袋からその杯が見つかってしまい、兄達は絶望の極地に突き落とされた。
『ヨセフは彼らに言った、「あなたがたのこのしわざは何事ですか。わたしのような人は、必ず占い当てることを知らないのですか」。』(創世記44:15)
普段から「神」を主語にし、何事も主から示されていたヨセフが占いをしていたはずは無く、単に、自分は何事も見通す者だと兄達に恐れを抱かせるために言ったのであろう。
『ユダは言った、「われわれはわが主に何を言い、何を述べ得ましょう。どうしてわれわれは身の潔白をあらわし得ましょう。神がしもべらの罪をあばかれました。われわれと、杯を持っていた者とは共にわが主の奴隷となりましょう」。』(創世記44:16)
兄弟たちの代表格は、どうやらユダとなっている。
彼の言葉からは、言い訳したり、相手を逆に攻撃したりする意図は一切見られず、兄弟達ともども奴隷となりましょう、と申し出ているが、それは9節で約束した事とは、若干違う。
彼らは9節で、杯が見つかった者は死ぬ、という事を約束していたが、ユダは、ベニヤミンの保証人を父に買っていた為、せめて彼のいのちを守るため、杯を持っていた者と共に自分たちも全員奴隷となろう、と申し出たのである。
またユダは、自分達は20数年前、ヨセフを陥れ奴隷に売ろうとした事を思い、「神がしもべらの罪をあばかれました。」と、神の御前に告白し、自分達がヨセフにしようとしていた事と同じ苦しみに身を投じようとした。
表面的にはエジプトの宰相から災いが与えられているように見えるが、神がこれらの災いを与えられたのだ、と思ったのである。
『ヨセフは言った、「わたしは決してそのようなことはしない。杯を持っている者だけがわたしの奴隷とならなければならない。ほかの者は安全に父のもとへ上って行きなさい」。』(創世記44:17)
ヨセフの応えは、厳しさの中にも憐れみが見える。
杯が見つかった者は約束した通り殺せ、と言うのではなく、その者だけが奴隷となれば良い、という裁定を受け、ユダはさらに真実に満ち溢れた弁明をすることになる。
ユダは、このような災いに遭った時も自暴自棄になったり罵ったりする事なく、へりくだって相手を怒らせず、柔和な対応をもって平和へと導けるまでに成長していた。
かつてヨセフを売る提案をしたり、タマルを焼き殺そうとしたりした、あのユダは、なんという変化を遂げた事だろう。
かつて怒りに任せてシェケムの男子を皆殺し、略奪し、血を分けた弟を殺そうとさえした、あの邪悪だった兄達は、なんと変わった事だろう。
それはみな、主が御手の内で練り清められたからである。
私達も、主にあって整えられるならば、ユダのように、邪悪な者から高貴な人格を持った者へと、造り替えられて行くのである。
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参照元
- ferragamo 靴2013-7-26 6:53
- 蘿匆酸璽瓮奪察璽検弊盒機�podcast配信中! - 高貴な人格者の弁明(創世記44:1-1......more
