メッセージ - 心の黒板の落書き(マタイ 4:1-4)
心の黒板の落書き(マタイ 4:1-4)
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今日、扱うテーマは、「ことば」です。
みなさんは、今まで生きてきた中で、色々な「ことば」が、自分自身の心や思いに刻み込まれていると思います。
たとえば、親や先生が言った言葉が、ずっと記されている事でしょうし、
子供の時にみたテレビ番組や、漫画とかの内容も、書き込まれているでしょう。
あるいは、昨日見たYoutubeとか、インターネットの情報が、心のことばに新たに書き込まれているかもしれません。
このようにですね、私たちの心や思いには黒板があるんです。
そしてこの黒板には、誰もが落書きをすることができるんです。
そこには、自分以外の誰か他人が落書きすることがありますし、
また、私達自身も、自分の黒板に、自分で書き込みをする事ができます。
そして、悪霊やサタンも、私達の心の黒板に、書き込みをすることがあります。
みなさんの中に、今、もしかすると、
何かのことばがずっと心に刺さりっぱなしで、その心の傷からずっと血を流しっぱなしの状態の方も、いるかもしれません。
特にですね、悪魔やサタンは、
「お前はダメだ」とか「失敗者だ」とか、
ぐさっと刺すようなことばを書き込んで来るんですが、
やっかいな事にですね、そういった言葉を投げて来たのは、悪霊やサタンだと思わないんですね。
実際に覚えているのは、そのことばを放った、あの人この人の顔です。
あるいは、特に、これは夜に多い事ですけれども、
みなさんが夜、フトンの中に入った時、
むかし言われた、あのことばが、強烈に頭の中に巡ってきて、
ああ、あの時のあいつ、憎たらしいな、とか、
あの時わたしはどうして、ああいう風にしてしまったのだろう、とか、
どうしてわたしはこうなのだろう、とか。
あるいは、将来の事とか、経済の事とか、社会情勢の事とか、
いろいろな事が、頭の中を堂々巡りして、
そうやって自分で自分の黒板に、たくさん落書きしてしまう、
という事がありますが、
実はそれ、悪魔サタンが、そういったネタを飛ばして来るんです。
でも私達は、その由来が、悪魔サタンだとは思っていないんですね。
飛ばしてきたのは、あの人この人とか、自分自身だと思ってしまいますが、
でも、すべて人を闇にさせる言葉は、悪魔サタンが飛ばしてくるものです。
まず知っておくべき事は、真実・本来の自分は、神様の前でどんな姿であったのか、ということです。
まことの真理の「ことば」である聖書は、私達について、どのように記しているでしょうか?
私達は本来、神様によって、神の似姿に創造された存在です。
けれども、悪魔が、最初の人であるアダムとエバの心の黒板に、まことの真理のことばである神のことばとは、真逆の内容を落書きしてしまって、
それで彼らは、神様のおことばどおりにはしないで、悪魔のことばどおりに、実行してしまったのです。
昨日のメッセージで学びましたね。
いちばん大切な事は、神様のおことばどおりに実行する事だ、と。
サタンのやり方は、いかに神様のことばから離れさせよう、という方向に、働きかけることです。
私達は、そうした悪魔の策略を知って、それに対抗して勝利する術を身につける必要があります。
幸いなことに、イエス様は、悪魔サタンのことばに対抗する術を、私達に実演してくださいました。
4:1 さて、イエスは、悪魔の試みを受けるため、御霊に導かれて荒野に上って行かれた。
>イエス様のミニストリーの最初は、悪魔のことばを打ち砕く事!
モーセもそうだった。パロの前で、放った蛇をつかむ事が、エジプトという牢獄から脱出するための最初のしるしだった。
4:3 すると、試みる者が近づいて来て言った。「あなたが神の子なら、この石がパンになるように、命じなさい。」
>サタンは「石」を「パン」に変えてみなさい、と言って来た。
石をパンに変える?
そんなのは、当然、神の法則に叶っていない。
イエス様ならともかく、そもそも私達人間には、そんな事できないから、誘惑になりようがない。
けれども、この、石をパンにかえる、という誘惑は、
ヘブライ語でみると、霊的な意味が見えてくるのです。
どういう事か。
ヘブライ語で「石」はエベンと言う。
これを分解すると、「アブאב+ベンבן」になる。
すなわち、父(アブ)と子(ベン)の関係として読み取ることができる。
この、私達と神様との関係、父と、子の関係を、
パンに変えてみなさい、と・・・
4:4 イエスは答えて言われた。「『人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばによる。』と書いてある。」
>
イエス様は、神であられるのに、「人は」とおっしゃった。
神としての圧倒的力を用いず、あくまで「人」の立場を貫いて神の言葉によって勝利するコツを、私達・「人」に開示してくださった。
人は、肉欲を満たすパンだけで生きるのではない。
真に人を生かすのは、「神の言葉というまことの食物」である。
私達が、パンにおいて飢えた時、あるいは金銭において不足が生じた時など、主が許可していない手段や、サタンが好むようなやり方で、得ようとしてはならない。
ただイエス様というまことのパンを選び、まことの食物である御言葉に聞き、不安な心に対し御言葉を信じて口ずさみ、誘惑してくるサタンを、御言葉で叩き返すことです。
今日、みなさんに覚えておいていただきたい事は、
心の黒板消しは、神さまのお言葉だ、という事です。
世の中は、色々と、不安にさせるような、ことばを投げかけてきます。
その中には、私達の尊厳を傷つけてくるようなことばもありますが、
それに対しては、イエス様がしたように、
聖書には、なになにと書かれてある!
と宣言して、偽りのことばを、真理のことばで、上塗りする事です。





