メッセージ - 主の約束から離れた所から正しい立ち位置へ戻るには(創世記16章5–10節)2026/01/14 水 昼礼拝
主の約束から離れた所から正しい立ち位置へ戻るには(創世記16章5–10節)2026/01/14 水 昼礼拝
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- 執筆 :
- pastor 2026-1-14 15:10
主の約束から離れた所から正しい立ち位置へ戻るには(創世記16章5–10節)
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**「そこでサライはアブラムに言った。
『私に対するこの横柄さは、あなたのせいです。
私自身が私の女奴隷をあなたのふところに与えたのですが、
彼女は自分がみごもっているのを見て、
私を見下げるようになりました。
主が、私とあなたの間をおさばきになりますように。』アブラムはサライに言った。
『ご覧。あなたの女奴隷は、あなたの手の中にある。
彼女をあなたの好きなようにしなさい。』
それで、サライが彼女をいじめたので、
彼女はサライのもとから逃げ去った。」**
アブラムは、かつて主から
「恐れるな。わたしはあなたの盾。
あなたへの報酬は、はなはだ大きい」
という言葉を受け取り、
神の臨在の中で、素晴らしい体験をしました。
しかし、ひとたび、その臨在の場から離れたとき、
神の臨在を体験していない人の「リアルな言葉」に触れると、
人は簡単に、神からいただいた約束を貫き通せなくなります。
そして、
世の人のリアルに飲み込まれてしまう。
それが、今日の箇所で起きていることです。
その危険を防ぐための、非常に有効な手段がありました。
それがテフィリンです。
テフィリンとは、単なる暗記ではありません。
神様のことばが、「心の底から溢れ出るまで」そこに存在させ続けていく手段です。
せっかく神様の言葉をいただき、
素晴らしい体験をしたにもかかわらず、
神様の言葉を思いめぐらさず、
神様の素晴らしさを期待せず、
神様と交わらずにいるなら、
私たちは、いとも簡単に
世の言葉になびき、
現実の声に流され、
飲み込まれてしまいます。
そして、もし
神の民である私たちが、
世の中の方法に媚びへつらうなら、
世の中の方が、
私たちを舐め、軽んじ、
やがて支配するようになります。
アブラムの妻サライは、
世の方法に頼った結果、
惨めになってしまいました。
何年たっても妊娠しなかった自分。
ところがハガルは、一瞬でみごもった。
すると、このエジプトの女ハガルは、
エジプトの根性が燃え上がり、
女主人を見下げる態度を取り始めました。
一方、アブラムはどうだったでしょうか。
人生で初めて
「自分の子」ができたことで、
それを放置し、
正しく治めることをしませんでした。
ここに、非常に大切な学ぶべき事があります。
神の国の組織運営において、
世の人、特にエジプト流の価値観を持つ人を、
要職につけてはならない事。
そうしてしまうなら、必ず不和が起き、組織はズタズタにされ、神の国が損なわれます。
実際、このハガルの子とサラの子の問題は、
その後のイスラエルの歴史に、大きな影を落とすことになります。
サライは言いました。
「私に対するこの横柄さは、あなたのせいです。」
自分で提案しておいて、それはないのでは?
と思うかもしれません。
しかし、最終的な責任は、
主人であるアブラムにあったのです。
サライは、次世代という一大事において、
神の方法を捨て、世の方法を選びました。
アブラムもまた、神の約束に留まらず、
正しく支配し、治めることをしませんでした。
私たちも同じです。
神の国の主人公として、神様の言葉に留まらず、世になびいてしまうなら、
それは私たち自身の責任となります。
もし、自分がその罠に陥ったと気づいたなら、
放置してはなりません。
正しい上下関係、
正しい立ち位置に戻るべきです。
アブラムはサライに権限を戻し、サライは厳しく対処しました。
それは残酷に見えるかもしれません。
しかし、本来の秩序を回復するための行為でした。
ハガルは、神の民が犯した過ちの、いわば被害者です。
もちろん、彼女自身も高慢の実を刈り取りました。
しかし、神様は、そんなハガルさえも見捨てませんでした。
身重のまま、やるせない思いで逃げていたハガルに、
主の使いが現れます。
「サライの女奴隷ハガル。
あなたはどこから来て、どこへ行くのか。」
天は宣言します。
あなたはしもべだと。
するとハガルは、自分の立場を正しく認め、
自分はサライの女奴隷である事を答えました。
そのとき、主は彼女に語られます。
「あなたの子孫を、
わたしは大いに増やす。」
私たちも同じです。
与えられている立場、正しい主従関係のもとに正しく身を置くなら、
そこに祝福があります。
しかし、自分の領域を守らず、立場を越えるなら、
追い出され、闇に閉じ込められることが聖書で厳しく語られています。
今日の結論です。
私たちは、
神様から与えられた御言葉、
神様が与えてくださった約束に、
しっかりと留まるべきです。
そこを超えてはならない。
そのために有効なわざが、テフィリンです。
もし世に妥協してしまえば、人は必ず惨めになります。
万一そうなってしまったなら、放置せず、正しい立ち位置に戻りましょう。
身を低くすべきときは、身を低く。
治めるべきときは、神の国の権威をもって、正しく治める。
そこに、回復と祝福が用意されています。





