メッセージ - イエス・キリストの復活と真理の光(マタイ28:11-15)
イエス・キリストの復活と真理の光(マタイ28:11-15)
メッセージ音声
【概要】
イエス様の復活という真実を嘘で覆い隠そうとした祭司長たちの姿から、私たちの中にある罪を隠す性質を見つめ直し、光の子として真理に立つことの大切さを学びます。
【聖書箇所】
マタイ28:11-15
ヨハネ1:5
【戒めの言葉】
自分の間違いや都合の悪いことを認めず、嘘で覆い隠そうとする罪の性質に注意しなければなりません。
【励ましの言葉】
どれほど闇が真理を覆い隠そうとしても、光である真理は決して消えることはなく、必ず闇に打ち勝ちます。
【勧めの言葉】
私たちは光の勇士として立ち上がり、暗闇に覆われたこの世界に、イエス・キリストの復活の希望の光を届けていきましょう。
【***詳細***】
マタイによる福音書の28章11節から15節を、新改訳2017年版の聖書で朗読します。皆さんもそれぞれの聖書で確認してください。
「彼女たちが行き着かないうちに、番兵たちが何人か都に戻って、起こったことをすべて祭司長たちに報告した。そこで祭司長たちは長老たちとともに集まって協議し、兵士たちに多額の金を与えて、こう言った。『「弟子たちが夜やって来て、我々が眠っている間にイエスを盗んで行った」と言いなさい。もしこのことが総督の耳に入っても、私たちがうまく説得して、あなたがたには心配をかけないようにするから。』そこで、彼らは金をもらって、言われたとおりにした。それで、この話は今日までユダヤ人の間に広まっている。(マタイ28:11-15)」
アーメン、ハレルヤ。イエス様、あなたの復活は確かに起こりました。それが真実であることを感謝します。世の中はその事実を塞ごうとしています。今もなおその力が働いており、今日までユダヤ人の間だけでなく、世界中にこの偽りが広まっています。このつくばみらいの地もそうです。どうか、あなたが真理の光を照らしてくださいますように。今から御言葉を取り次ぐ私の唇を清め、聞く人々の耳を清めてください。私たち全員の体調も霊的な状態も整えられ、御言葉の光の前で大いに恵まれ、癒やされ、祝福されますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。
2026年4月6日の月曜日にメッセージを担当した際、私は聖書ソフトで新改訳2017年版を選んで使いました。以前は第三版がよく使われていたのですが、その月曜日に2017年版を使ったところ、阿部先生から「林先生、2017年版を使ってくださって嬉しいです」と言葉をかけられました。次世代の教育をしているのだから、古い版ではなく新しい版へ移行していくのが神様のみこころなのだと感じ、これからは順次2017年版を使っていこうと思っています。
今日の箇所は、イエス様の復活の場面の一つです。しかし、ここに登場するのはイエス様を信じる弟子たちではありません。イエス様の復活を聞いてもそれを受け入れず、反発する反対勢力の人たちの物語です。
イエス様の復活は紛れもない事実です。実際に地震が起き、重たい墓の石が動かされ、天使が降りてきました。その驚くべき場面に立ち会ったのは、イエス様を信じていた人たちではなく、ローマの兵士2人だったのです。兵士たちはその光景を見て震え上がり、死人のようになってしまいました。
女性たちが天使からイエス様の復活を聞き、弟子たちのところへ走っていく間に、兵士たちは我に返りました。そして、彼らがいち早く向かった先は、真実を語るべき場所ではなく、祭司長たちのところでした。
兵士たちは祭司長たちに、起こったことをありのままに報告しました。見張りをしていたら突然地震が起き、天使が降りてきて墓の石を転がし、墓の中が空っぽになってしまったという事実です。イエス様ご自身がそこに現れたかどうかは書かれていませんが、とにかく墓が空になったという出来事を伝えました。弟子たちにどう伝えるべきか迷うほどの真実を、兵士たちは祭司長たちにそのまま伝えたのです。
この報告を聞いた祭司長たちは、どうしたでしょうか。もし彼らがイエス様の復活など全く信じていなかったのなら、「何を馬鹿なことを言っているんだ。酒でも飲んでいたんだろう。顔を洗って帰れ」と追い返したはずです。しかし、祭司長たちはそうしませんでした。なんと、兵士たちに多額のお金を渡し、口裏合わせをさせたのです。お金を渡して嘘をつかせたということは、祭司長たちは兵士たちの報告を「信じた」ということです。
これはとても不思議な逆転現象です。イエス様に出会った女性たちから復活の知らせを聞いた弟子たちは、最初それを信じませんでした。それなのに、イエス様を十字架につけた祭司長たちは、イエス様の復活を信じてしまったのです。
私たちクリスチャンも、これに似たところがないでしょうか。教会の中では「イエス様は確かに復活されました」と信じると言いながら、教会から一歩外に出ると、まるで信じていないかのように、イエス様の復活の力などないかのように振る舞ってしまうことはないでしょうか。
祭司長たちや宗教指導者たちは、兵士たちの様子を見て「イエス様は本当に復活されたんだ。どうしよう」と慌てて議論したことでしょう。しかし彼らが選んだ道は、「真実をなかったことにする」という選択でした。真理が目の前で起きたのに、それをなかったことにしようとする力は、今の世の中にも働いています。悪魔サタンは、真理を嘘で覆い隠し、なかったことにするということを昔からずっと続けてきました。
実際にあった社会の出来事を例に挙げましょう。三菱自動車のリコール隠しの問題です。1980年代から、車に欠陥があることを会社はずっと隠していました。事故やクレームがあってもリコールをせず、事故を「なかったこと」にする体質が会社の中で当たり前になっていました。
では、隠したことで欠陥という真実は消えたのでしょうか。いいえ、欠陥は確かにそこにありました。ただ、覆い隠されていただけで、根本的な解決は何もされていなかったのです。
そして2002年、横浜で母と子が犠牲になる痛ましい死傷事故が起きました。大型トラックのハブが壊れたことが原因でした。この事故によって人命が失われ、20年近くも会社ぐるみで欠陥を隠し続けていたという真実がついに発覚しました。結果として会社の社会的な信用は失墜し、より大規模なリコールが必要になり、経営危機に陥ってしまいました。
もし最初の段階で間違いを認め、悔い改めて対処していればよかったのです。しかし、嘘で覆い隠し、対処しないまま放置し続けた結果、問題はどんどん蓄積され、最後には裁きの火の燃える炭火が自分たちの頭の上に重くのしかかってきたのです。
今日の聖書箇所で起きていることも同じです。イエス様の復活は真実であり、兵士たちはその真実を伝えました。しかし、それに対する反対勢力も確かに働くということを私たちは知っておくべきです。
自分にとって都合の悪い真実を覆い隠そうとする人間の性質は、人類の最初、アダムとエバの時代から始まっています。彼らは神様の言いつけを破り、善悪の知識の木の実を食べてしまいました。その結果、自分たちが裸であることに気づき、真っ先にした行動は、いちじくの葉を綴り合わせて自分たちの体を覆い隠すことでした。自分の恥ずかしい部分、失敗した部分を「なかったこと」にしようとする性質は、最初の人類からずっと続いているのです。
私たちの中にも、この肉体を持っている限り、失敗を言葉や行動で巧みに覆い隠そうとする性質が残っています。しかし、それはしてはいけないことです。なぜなら、隠したものはやがて必ず、より大きな形で明るみに出るからです。たとえこの地上で誰にも見つからなかったとしても、神様はすべてをご存知です。
復活は確かに起こりました。それは真理です。兵士たちはそれを伝えましたが、祭司長たちは、多額のお金を渡してそれを覆い隠そうとしました。兵士たちはお金を受け取り、祭司長たちに言われた通りの嘘を人々に広めました。その結果、ユダヤ人の間で、そして全世界で「イエス様の復活はなかった」という嘘が広まってしまったのです。
なぜ祭司長たちは真実を隠したのでしょうか。もしイエス様の復活が本当だと認めてしまえば、自分たちが間違っていたことを認めなければならないからです。それはプライドが許さない、恥ずかしい、自分の正しさを貫きたいという心理が働いたのです。人間は、自分の罪や間違いを認めるよりも、真理のほうを歪めてしまう道を選びやすいという弱さを持っています。
私たちも、神様に従うべきだということ、イエス様の復活が真理だということは分かっています。それでも、都合が悪くなるとそれを覆い隠してしまおうとする弱さがあるかもしれません。
しかし、私たちは知るべきです。真理を消すことは絶対にできません。「光は闇の中に輝いている。闇はこれに打ち勝たなかった。(ヨハネ1:5)」と聖書にある通りです。
私たちは、イエス様が復活されたという真理の土台に、しっかりと立ち続けるべきです。イエス様は「全世界に出て行き、福音を伝えなさい」と言われました。弟子たちはその言葉通りに福音を伝えていきましたが、彼らが行く先々には、必ず「イエス様は復活しなかった。弟子たちが夜中に遺体を盗んだのだ」という嘘も入り込んできました。
しかし、少し考えればそれが嘘であることは分かります。2026年4月8日の水曜日に先生がおっしゃった通り、あんなに重たい墓の石を夜中にゴロゴロと動かしたら、見張りをしていた兵士たちが絶対に気づくはずです。また、狭い墓の中から何人かで担架か何かに乗せて遺体を運び出そうとすれば、絶対にバレてしまいます。色々と無理があるのです。
それでも、嘘を信じたい人は嘘のほうを信じてしまいます。自分より偉い王様が存在しては困ると考えたヘロデ王も、イエス様を亡き者にしようとしましたが失敗し、その後すぐに亡くなりました。
イエス様が復活して生きておられると困る人、「神様がいては困る」「裁きがあっては困る」「自分の罪を認めて悔い改めなさいと言われるのは嫌だ」と思う人は、祭司長たちの側につき、嘘を広める側に立ってしまいます。
現代でも、共産圏の国々などでは、真実を隠すために多額のお金が使われることが多々行われています。イエス様の存在をなかったことにしようとする動きは、今の日本のマスメディアの中にもあります。インタビューでイエス様のことを証ししても、必ずカットされてしまうような力が働いています。
けれども皆さん、真理を消すことは絶対にできません。光と闇の戦いにおいて、光であるからには必ず光の側が勝つのです。一時的に闇が覆い尽くしたように見えても、後になってその闇は必ず、大規模で恥ずかしい形で崩壊し、光が必ず輝きを放ちます。
私たちは、光の側に立ちましょう。皆さんは、光の勇士たちです。光の勇士として行動し、このつくばみらいの地に、イエス・キリストの復活という希望の光を力強く伝えていってください。暗闇に覆われたこの土地に、まだ福音がない場所に、福音の光をもたらす皆さんでありますように、イエス様のお名前によって祝福します。アーメン。
愛するイエス様。あなたは真の光であり、光は必ず闇に勝利することを感謝します。この世界は初め、暗闇に包まれていましたが、神様が「光、あれ」と言われると光ができました。神様は光を良しとされました。神様は闇よりも光を望んでおられます。
私たちも今、このつくばみらいの地や、子どもたち、次世代に向けて光をもたらす働きをしています。どうか、あなたが私たちの間を明るく照らし、進むべき道と方向を示してください。今日もまた、あなたの光の勇士として歩むことができますように。今日という一日、そして私たちが始めている働きを感謝し、愛する主イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。
【結論】
イエス・キリストの復活という真理は、いかなる権力や嘘によっても覆い隠すことはできません。私たちは、自分の罪や弱さを隠そうとする性質を退け、真理の光の上に堅く立ち、暗闇の世に希望の光を届ける「光の勇士」として歩んでいくことが求められています。
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