メッセージ - 死の法令を打ち破る新しい法令(エステル記8:7-17)
死の法令を打ち破る新しい法令(エステル記8:7-17)
メッセージ音声
【概要】
ハマンが定めた死の法令は、彼が死んでもなお生きています。しかし、王の王であるイエス・キリストが発布された「命の御霊の法則」によって、私たちは古い死の法則を打ち破り、勝利することができます。この良き知らせを受け取った私たちは、それを行動に移し、急いで世界に伝えていく使命があります。
【聖書箇所】
エステル8:7-17
ローマ8:1-2
イザヤ61
【励ましの言葉】
一度発布されてしまった死の法則は打ち消せませんが、それを打ち破る新たな「命の御霊の法則」がイエス様によって発布されました。私たちはこの新しい法則によって生き、死の法則に縛られることなく勝利することができます。
【勧めの言葉】
イエス・キリストが発布してくださった「命の御霊の法則」に日々乗り続けましょう。聞いただけで終わらせず、その法則を実際に行使して悪しきものを根絶し、全く新しい歩みを始めるべきです。そして、この良き知らせをまだ知らない人々に、急いで伝えていきましょう。
【***詳細***】
皆さん、こんにちは。エステル記8章7節から17節までを見ていきます。まず7節と8節を読みます。
アハシュエロス王は王妃エステルとユダヤ人モルデカイに言った。「ハマンがユダヤ人を殺そうとしたので、今、私はハマンの家をエステルに与え、彼は柱にかけられたではないか。あなたがたは、ユダヤ人について、あなたがたの良いと思うように、王の名で書き、王の指輪でそれに印を押しなさい。王の名で書かれ、王の指輪で印が押された文書は、誰も取り消すことができないのだ。」(エステル8:7-8)
王の王であるイエス様が、囚われていた私たちを救い出し、命へと導いてくださることを感謝します。今日の御言葉には、素晴らしい法則が記されています。王の命令によって、一度発布されてしまった「死の命令」を打ち消す働きがここから始まります。
ハマンは死にましたが、彼が残した死の命令はまだ生きていました。私たちの人生にも、このようなことがあります。過去にあなたを傷つけた人がもう目の前にいなくても、その人が放った一言が、何十年も心に突き刺さって苦しめることがあります。問題の根本原因がなくなっても、その原因が放った法則が生き続け、私たちを死に追いやってしまうのです。これを放置すれば、死に飲み込まれてしまいます。
多くの人はこれに対処する術を知りませんが、私たちはイエス・キリストの勝利の福音によって、対処する術を知っています。主イエス・キリストは「命の御霊の法則」を発布してくださいました。それによって、私たちは悪しき法則を打ち消すことができるのです。悪しき者が残した死の法則、死の法令、死の言葉を打ち破ることができるのは、ただ王の王であるお方が発布した、新しい命の法令によってのみです。
8節でアハシュエロス王は言いました。「あなた方の良いと思うように、王の名で書き、王の指輪でそれに印を押しなさい。」一度発布されたメディア・ペルシアの法令は、王でさえ取り消すことができませんでした。そこで王が示した方法は、古い法令を消すのではなく、それを上回る新しい法令を王の名によって発布することでした。新しい言葉を宣言し、神の民が生きるための道を新しくつくりなさい、ということです。
これは、イエス様が私たちを救うために用いてくださった方法と全く同じです。人間に定められた死の法則は打ち消せません。しかし、この死の法則を打ち破る新たな法則が発布されるなら、私たちはもはや死の法則に縛られず、勝利し、新たな「命の御霊の法則」によって生きることができるのです。
ローマ人への手紙でこう宣言されています。
こういうわけで、今や、キリスト・イエスにある者が罪に定められることは決してありません。(ローマ8:1)
まず、キリスト・イエスにある者となることが大切です。
なぜなら、キリスト・イエスにある、いのちの御霊の原理が、罪と死の原理からあなたを解放したからです。(ローマ8:2)
私たちが「命の御霊の原理」のうちにあるなら、罪と死の原理から解放されているのです。この原理に乗り続ける必要があります。エステルの時代のユダヤ人も、王の名で発布される新しい救いの法令に従わなければ、結局殺されてしまいました。ハマンの法則はまだ生きていたからです。新しい法則を聞いて、実際に行使しなければ、ユダヤ人は死んでしまったのです。私たちも同じです。悪魔サタンが発布した罪と死の法令に対し、イエス・キリストが発布した「命の御霊の原理」に乗らなければ、滅ぼされてしまいます。日々、この法則にしっかりと乗り続けましょう。
その時、王の書記官が召集された。それは第三の月、すなわちシワンの月の二十三日であった。そして、すべてモルデカイが命じたとおりに、ユダヤ人と、太守や総督たち、およびホドからクシュまで百二十七州の首長たちとに証書が書き送られた。各州にはその文字で、各民族にはそのことばで、ユダヤ人にはその文字とことばで書き送られた。(エステル8:9)
良い知らせは、様々な言葉に翻訳され、早馬に乗って届けられました。福音が、一部の人だけでなく、一人ひとりに分かる言葉で届けられたのです。私たちも、この喜びの知らせを受け取り、それを行使できるように人々を導く必要があります。
モルデカイはアハシュエロス王の名で書き、王の指輪でそれに印を押し、その手紙を速く走る御用馬の早馬に乗る飛脚に託して送った。(エステル8:10)
モルデカイは自分の権威ではなく、王の名と王の印で書きました。私たちも福音を伝えるとき、自分の力ではなく、王の王なるキリストから届いた良い知らせをそのまま伝えるのです。
その中で王は、どの町のユダヤ人にも、自分たちのいのちを守るために集まって、彼らを襲う民や州の軍隊を、子どもも女たちも含めて残らず根絶やしにし、殺害し、滅ぼし尽くすことを許し、また彼らの家財をかすめ奪うことも許した。(エステル8:11)
かつてハマンがユダヤ人に対して許可したことが、今や逆転しました。神の民の敵を根絶やしにすることが許可されたのです。しかし、これを聞いて「やった!」で終わってはいけません。モルデカイは「自分たちの命を守るために集まって」行動するように命じました。私たちも集まり、立ち上がり、悪魔サタンに対抗しなさいとイエス様から命じられています。
雅歌では、ぶどう畑を荒らす小狐を捕らえることが花嫁の責任として描かれています。私たちも花嫁として、ぶどう畑を荒らす狐、すなわち悪魔、悪霊、病、呪いを、イエス・キリストの名によって捕らえ、滅ぼすべきです。信仰に行いが伴わなければ、その信仰は死んだものです。聞いたなら、その立場に立って行動し、悪魔サタンが作った法令を打ち破るべきです。イエス様を知らない間に身につけてしまった罪の習慣や悪い癖は、根絶し尽くすべきなのです。
このことは、アハシュエロス王のすべての州において、第十二の月、すなわちアダルの月の十三日の一日のうちに行うようになっていた。各州に法令として発布される文書の写しがすべての民族に公示された。それは、ユダヤ人が自分たちの敵に復讐するこの日のために準備するためであった。(エステル8:12-13)
準備する期間が与えられました。私たちも聞いた御言葉に合わせて準備をするべきです。
御用馬の早馬に乗った飛脚は、王の命令によって急き立てられ、急いで出て行った。この法令はシュシャンの城でも発布された。(エステル8:14)
良い知らせを受け取ったら、準備し、そして急いで届けなければなりません。遠い町では、人々はまだ古い死の法令しか知らず、滅びの恐怖の中にいました。しかしそこへ、早馬の足音が聞こえ、新しい知らせが届けられたのです。「王からの新しい知らせだ!あなたたちには生きる道が与えられた!」と。私たちも、福音がまだ届いていない地域に、この良い知らせを伝えていく務めがあります。
モルデカイは青色と白色の王服を着、大きな金の冠をかぶり、白亜麻布と紫色のマントをまとって王の前から出て来た。すると、シュシャンの町は喜びの声にあふれた。ユダヤ人にとって、それは光と喜びと楽しみと栄誉であった。王の命令とその法令が届いたどの州、どの町でも、ユダヤ人は喜び、楽しみ、祝宴を張って祝日とした。この国の民のうちで、自分がユダヤ人であることを宣言する者が大勢いた。それは彼らがユダヤ人を恐れるようになったからである。(エステル8:15-17)
福音が届けられた先では、悲しみが喜びに変わります。イザヤ書61章にあるように、「灰の代わりに頭の飾りを、悲しみの代わりに喜びの油を」です。モルデカイは荒布の代わりに王服を、灰の代わりに王冠を与えられました。神の言葉に立つ者は、このように王冠をかぶせられ、王の服を着せられます。恥は栄誉に、恐れる側から恐れられる側に変えられていくのです。
【結論】
ハマンは死んでも、彼が定めた死の法令は残っていました。この古い言葉に対して、私たちはイエス・キリストにある新しい言葉で上書きしていくべきです。そして、上書きしたなら、次に行動を起こさなければなりません。この新しい福音、良き知らせを世界中に伝え、人々を死から命へと導いていく働きをしていきましょう。
