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十字架につけられた主イエスキリストの御名(使徒4:5-22)
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神に栄光と感謝を捧げない人の行き着く先(ローマ1:16-21)
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週報/メッセージ(説教)概要

 パウロはロマ書の最初で、クリスチャンが持つべき信仰の重要な定義づけをした。すなわち信仰(ピスティス)は「所有する事(エック)」によって始まり、信仰の目的地を「目指して(エイス)」、歩み続ける事である。
そういうわけで「義人」とは、イエス様(御言葉)を信じた瞬間から、その信仰を「所有し続け」ながら生きる人の事で、信仰の目的地である天国に向かって歩み続けて行く状態にある人が「義人」であった。
パウロはその定義を宣言した直後、「神の怒り」がどのような人に降されるかを、細かく説明し始める。
どんな人に神の怒りが降されるか。21節に記されている。『神を知りながら神としてあがめず、感謝もしない人』で、彼らは「?かえって」その「?思い」は「?むなしくなり」、その「?無知な」心は「?暗くなった」。

?「かえって」のギリシア語はアッラ、「反して」の意味もある。神を知れば知る程、神をあがめ感謝する以外に無いはずなのに、それが全く沸き起こらず、逆にその人からは、主に対して失礼な態度しか出てこない。
?「思い」はディアロギスモス、ロギスモスは計算する(ロギア)または言葉(ロゴス)の意味があり、ディアは前置詞で「行ったり来たり」、すなわち「どっちつかず」で、彼らは、御言葉も、計算も、どっちつかずなのだ。
?「むなしくなり」はマタイオーすなわち「愚かになる」「悪辣になる」の意味の動詞の不定過去(アオリスト)受動態である。それはすなわち、その状態が化石化され、改善の余地が無くなってしまった状態である。
つまり、神を知りつつも神をあがめないでい続けるなら、また、神に良くしていただいているのに反し、感謝しない事を続けているなら、やがて考え方が愚かで悪辣となり、悪い事で匠に、狡猾になって行き、どんなに計算しても、どんなに考えても、悪い方へ向かうもので、改善の余地が無いまでになってしまうのだ。
また、?「無知な」はアスネトス、これは「スネトス(賢い、聡明な、理解力のある)の真逆」の性質である。
?「暗くなった」はスコティゾー、闇にする、見えなくするという意味もある動詞で、ここも不定過去受動態が用いられているので、目が暗い状態・闇の状態が、化石化され、改善の余地が無くなってしまったのだ。
神に栄光を返さずにいる人は、自分で賢いと思ってはいても良心が退化してしまっており、知性が無く、愚かで、堕落した状態にずっと繋がり続け、闇に惹かれ続けて行き、やがて、大きな事故を起こしてしまう。

「栄光を返す」のヘブライ語は「カバド」で、良い意味で用いられる場合は「栄光を捧げる、あがめる、尊ぶ」の意味があり、悪い方で用いられる場合は「頑な・強情になる、(罪や災いが)重くなる」の意味になる。
サムエル記に登場する祭司エリは、主よりも自分の息子達のほうを重んじ(カバド)、主に捧げる捧げ物を軽んじた。彼の息子・ホフニとピネハスは、神の民が主に捧げるものを横取りし、自分の私腹を肥やしていた。
それで主は言われた。「わたしはわたしを尊ぶ(カバド)者を尊び(カバド)、蔑む者は軽んじる」と。(1サムエル記2:29-30) 後にエリは、神の箱が敵に奪われた事を聞いた時、あおむけに倒れ首を折って死んだ。
からだが重かった(カバァド)からである。(1サムエル記4:18) 神を神としてあがめず(カバドせず)、感謝もせず、自分の私腹を肥やす事にカバドを置くなら、やがて自分の罪の重さ(カバド)によって滅んでしまう。
彼の嫁はその時、子を産んだが、その子をイ・カボテ(栄光がない)と名付け、栄光は去った、と言った。

コンクリートは、形作りをしてそのまま放置するなら、良い形であれ悪い形であれ、そのままで固まるように、人も、日々摂り入れる言葉や口ずさむ言葉、心に巡らす考えや行動によって、その方面で固まって行く。
そうであるからには、私達は、神の言葉によって固められていくべきだ。いかにそれまでの習慣や悪意ある言葉などによって固くなってしまった心や考え方であっても、御言葉に浸され続けるなら、それは改善する。
神の言葉のほうが、人間の言葉よりも遥かに強く、この世も私達も、神の言葉によって創造されたからだ。
『わたしは福音(エウアンゲリオン:敵に勝利した良き知らせ)を恥としない。それはユダヤ人をはじめ、ギリシヤ人にも、すべて信じる者に、救を得させる神の力である。(ローマ1:16)
福音(エウアンゲリオン)は昔、戦争に勝利した際に伝令が伝える「勝利の良き知らせ」である。我らの王・イエス様は、悪魔サタンに勝利した!もう悪魔サタンの圧政に苦しむ事は無い!このイエス様を信じて勝利者の側に入りなさい!それが福音であり、どんな悪い状態になってしまっても、癒やされない人はない。
神の愛に浸され、御言葉に浸され、そうしてますます造り変えられ、癒され、ますます神に感謝し、栄光を捧げる「義人」の生き方で固められて行く皆さんでありますように!イエス様の名前によって祝福します!

上の性質と下の性質(ヤコブ3:13-18)
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金曜徹夜祈祷会 礼拝説教メッセージ
主によって一つ(エペソ4:1-16)
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十字架のことば、十字架の力(1コリント1:18)
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# 十字架の言葉と希望

## 第一コリントの手紙 1章18節

今日、恵みを頂く御言葉は、第一コリントの手紙の1章18節です。

> 「十字架の言葉は、滅びに至る人々には愚かであっても、救いを受ける私たちには神の力です。」(第一コリント 1:18)

アーメン。それではお祈りを致します。

## お祈り

私たちの愛する主イエス様、あなたの御名を褒め称えます。あなたは十字架につけられ、私たちの救いを成し遂げてくださいました。私たちを救ってくださったからです。今、この御言葉から私たちが必要な養いを得ることができますように、我らを導いてください。今、一人一人の思い、心、体を、イエス様の血をもって清め、そして一人一人の心がイエス様に対する愛で満ち溢れますように、どうかこれからは、聖霊様が支配し、御霊のその支配のもとで、この命のことばを豊かに授かることができますように、助けてください。

これからのすべてを、あなたのその支配の御手にお委ねして、我らの愛する主、イエス・キリストのお名前によって、お祈りを致します。アーメン。

## 十字架の意味

教会に来ると十字架が必要になりますね。この十字架がキリスト教会のシンボル、マークではあるんですけれども、では一体十字架とは何か。これ、もともとは死刑の道具です。電気椅子や絞首台と同じように、人を刑罰に処する道具、それが十字架です。それも、電気椅子や絞首台は一瞬で命を奪いますが、十字架は徐々に苦しみながら死に至らせるものです。

本来、人がこの十字架の刑罰を受けるにふさわしい罪人であるのですが、イエス様が身代わりになってくださった。それだから、私たちは本当にこの十字架が必要なメッセージです。キリスト教会にとって、クリスチャンにとって必要なメッセージ、それは十字架のメッセージです。

## 十字架の言葉

十字架の言葉は、滅びに至る人々には愚かであります。なんでその死刑の道具が救いの印なんだ?世の中の人からすれば愚かなことに思えるかもしれません。しかし、救いに至る私たちには神の力なんです。十字架は神の力です。私たちを救う神の力。イエス様はなぜ私たちのために十字架にかけられたか?それは、愛のゆえです。十字架は愛で満ちています。

その十字架上で受けられたその釘跡、それはまさに私たちを愛するがゆえの傷跡なんです。私たちを愛するがゆえに、私たちの身代わりとなって死んでくださいました。

## イエス様の十字架上の言葉

今日は、この十字架の言葉ということで、イエス様が十字架上で話された言葉、7つあるんですけども、それを見ていきたいと思います。

### 1. 父よ、彼らをお許しください

まず、ルカの福音書23章34節です。

> 「その時イエスはこう言われた。『父よ、彼らをお許しください。彼らは何をしているのか自分でわからないのです。』」(ルカ 23:34)

イエス様は十字架上で、彼らを許してくださいと祈り続けておられました。これは取りなしの祈りです。愛のゆえに、イエス様は私たちのために祈り続けておられたのです。

### 2. 今日、私と共にパラダイスにいます

次に、ルカの福音書23章43節です。

> 「イエスは彼に言われた。『誠にあなたに告げます。あなたは今日、私と共にパラダイスにいます。』」(ルカ 23:43)

これは、十字架にかけられた強盗に対して語られた言葉です。彼はイエス様を救い主として受け入れたからこそ、パラダイスに行けると約束されたのです。

### 3. 女の方、そこにあなたの息子がいます

次に、ヨハネの福音書19章26-27節です。

> 「イエスは母とそばに立っている愛せる弟子とを見て、母に、『女の方、そこにあなたの息子がいます』と言われた。それからその弟子に、『そこにあなたの母がいます』と言われた。」(ヨハネ 19:26-27)

イエス様は十字架上で、母マリアと弟子ヨハネに対して新しい家族の関係を宣言されました。これは、イエス様を信じる者たちが新しい家族として結ばれることを示しています。

### 4. 我が神、我が神、どうして私をお見捨てになったのですか

次に、マタイの福音書27章46節です。

> 「3時ごろ、イエスは大声で、『エリ、エリ、レマ、サバクタニ』と叫ばれた。これは、『我が神、我が神、どうして私をお見捨てになったのですか』という意味です。」(マタイ 27:46)

イエス様は人間の罪を背負い、神から見捨てられるという経験をされました。これは私たちが本来受けるべき罰をイエス様が代わりに受けてくださった、という事です。

### 5. 私は渇く

次に、ヨハネの福音書19章28節です。

> 「この後、イエスはすべてのことが完了したのを知って、聖書が成就するために、『私は渇く』と言われた。」(ヨハネ 19:28)

イエス様は十字架上で渇きを感じられました。これは人間の苦しみを完全に経験されたことを示しています。

### 6. 完了した

次に、ヨハネの福音書19章30節です。

> 「イエスは酸い葡萄酒を受けられると、『完了した』と言われた。そして頭を垂れて霊をお渡しになった。」(ヨハネ 19:30)

イエス様はすべての救いの業を完了されたことを宣言されました。これにより、私たちの罪の贖いが完全に成し遂げられました。

### 7. 父よ、我が霊を御手に委ねます

最後に、ルカの福音書23章46節です。

> 「イエスは大声で叫ばれた。『父よ、我が霊を御手に委ねます』。こう言って息を引き取られた。」(ルカ 23:46)

イエス様は最後に、霊を父なる神に委ねられました。これは完全な信頼と服従の表れです。

## 結び

十字架の言葉は、私たちにとって救いの力です。イエス様が私たちのために十字架にかかり、すべての罪を贖ってくださったことを感謝し、日々その愛と恵みを思い起こしましょう。

## 最後のお祈り

愛するイエス様、十字架にかかってくださったことを感謝します。十字架の上で私たちの身代わりに見捨てられ、刑罰を受けられ、死んでくださったことを、そして私たちの先駆けとしてよみがえってくださったことを感謝いたします。今あなたは天の王座に着座され、生ける者と死にたる者とを裁かれるその立場におられます。そのあなたが私たちをこんなにも愛してくださったことを感謝します。

私たちは今日もその十字架を感謝しつつ、復活の命に生きたいと願う者たちです。どうかあなたがその御言葉の基準に従って歩んでいく一人一人の上に、豊かな祝福と恵みを注いでくださいますように。あなたが今日この恵みの福音を私たちに示してくださったことを感謝して、私たちの愛する主、イエス・キリストのお名前によってお祈りを致します。アーメン。

聖歌隊の初編成(1歴代誌16:4-7)
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今回の箇所は、神殿における聖歌隊が誕生した箇所である。
それは、神の箱がダビデの町に安置されたその日に定められた。

16:4 ダビデはまたレビびとのうちから主の箱の前に仕える者を立てて、イスラエルの神、主をあがめ、感謝し、ほめたたえさせた。
16:5 楽長はアサフ、その次はゼカリヤ、エイエル、セミラモテ、エヒエル、マッタテヤ、エリアブ、ベナヤ、オベデ・エドム、エイエルで、彼らは立琴と琴を弾じ、アサフはシンバルを打ち鳴らし、
16:6 祭司ベナヤとヤハジエルは神の契約の箱の前でつねにラッパを吹いた。
16:7 その日ダビデは初めてアサフと彼の兄弟たちを立てて、主に感謝をささげさせた。

この日以降、主の御前にレビ人奉仕者による賛美が日々捧げられる事が続き、戦いの際には兵士達と共に賛美の部隊が進み行き、第二神殿の時代にも、この賛美奉仕は引き継がれた。

律法にはそのように指示する箇所は無いものの、ダビデは知っていたのだ。
賛美は、霊的世界と、そして永遠世界と密接に関わっているという事を。

賛美は、永遠の昔に存在し、永遠の未来にも存在する。
世界の土台が創られた時、賛美が沸き起こった。「かの時には明けの星は相共に歌い、/神の子たちはみな喜び呼ばわった。」(ヨブ38:7)
また、黙示録を見ると、天国は、賛美で満ちている所である事が分かる。

ダビデがサウル王に召しだされたのも、賛美奉仕が元だった。

『サウルの家来たちは彼に言った、「ごらんなさい。神から来る悪霊があなたを悩ましているのです。どうぞ、われわれの主君が、あなたの前に仕えている家来たちに命じて、じょうずに琴をひく者ひとりを捜させてください。神から来る悪霊があなたに臨む時、彼が手で琴をひくならば、あなたは良くなられるでしょう」。そこでサウルは家来たちに言った、「じょうずに琴をひく者を捜して、わたしのもとに連れてきなさい」。』(1サムエル記16:15-17)

霊の世界と、音楽とは、非常に密接な関係がある。
サウルが最初に主の霊が激しく降った時、預言者達の一団が色々な楽器を奏でつつ預言していたし、エリシャも預言をする時、立琴をひく者を連れてこさせた事があった。(2列王記3:15)

『ダビデはサウルのもとにきて、彼に仕えた。サウルはひじょうにこれを愛して、その武器を執る者とした。またサウルは人をつかわしてエッサイに言った、「ダビデをわたしに仕えさせてください。彼はわたしの心にかないました」。神から出る悪霊がサウルに臨む時、ダビデは琴をとり、手でそれをひくと、サウルは気が静まり、良くなって、悪霊は彼を離れた。』(1サムエル記16:21-23)

主を敬う人が奏でるメロディや、賛美は、悪しき霊を退けさせる。
神は、賛美を住まいとされるからだ。(詩篇22:3)

音楽は、霊的な事柄と密接に関わっているゆえに、悪しき事柄にも作用しやすい。
サタンは元々、天使ルシファー、すなわち、音楽を奏でる天使だったが、自分の美しさに酔いしれて高慢になり、堕落してしまった。

エゼキエル28:12 「人の子よ、ツロの王のために悲しみの歌をのべて、これに言え。主なる神はこう言われる、あなたは知恵に満ち、美のきわみである完全な印である。
28:13 あなたは神の園エデンにあって、もろもろの宝石が、あなたをおおっていた。すなわち赤めのう、黄玉、青玉、貴かんらん石、緑柱石、縞めのう、サファイヤ、ざくろ石、エメラルド。そしてあなたの象眼も彫刻も金でなされた。これらはあなたの造られた日に、あなたのために備えられた。
28:14 わたしはあなたを油そそがれた/守護のケルブと一緒に置いた。あなたは神の聖なる山にいて、火の石の間を歩いた。
28:15 あなたは造られた日から、あなたの中に悪が見いだされた日までは/そのおこないが完全であった。
28:16 あなたの商売が盛んになると、あなたの中に暴虐が満ちて、あなたは罪を犯した。それゆえ、わたしはあなたを神の山から/汚れたものとして投げ出し、守護のケルブはあなたを/火の石の間から追い出した。
28:17 あなたは自分の美しさのために心高ぶり、その輝きのために自分の知恵を汚したゆえに、わたしはあなたを地に投げうち、王たちの前に置いて見せ物とした。
28:18 あなたは不正な交易をして犯した多くの罪によって/あなたの聖所を汚したゆえ、わたしはあなたの中から火を出してあなたを焼き、あなたを見るすべての者の前で/あなたを地の上の灰とした。
28:19 もろもろの民のうちであなたを知る者は皆あなたについて驚く。あなたは恐るべき終りを遂げ、永遠にうせはてる」。

賛美や音楽の奉仕をする人は特に、高慢にならぬよう、また、主の栄光をいつも思うよう、気をつけるべきである。
私達はいつでも主に栄光を帰し、主を褒め称えるべきであって、自分を礼賛すべきでないのだ。

イエスをどなたと心得るか(ルカ8:19-39)
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主に復讐され踏まれてしまう者とは(イザヤ63:1-9)
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福音とは(1コリント15:1-5)
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15:1 兄弟たちよ。わたしが以前あなたがたに伝えた福音、あなたがたが受けいれ、それによって立ってきたあの福音を、思い起してもらいたい。
15:2 もしあなたがたが、いたずらに信じないで、わたしの宣べ伝えたとおりの言葉を固く守っておれば、この福音によって救われるのである。

福音、という日本語、改めて聞くと、よくわからないかもしれない。
福音(エウアンゲリオン)とは、元々、勝利のよき知らせである。自国が戦いに勝利し、伝令が「我らの王は敵に勝利し、自分達の国は勝ったぞ!」「もう圧政に苦しむ必要は無い、恐れる必要は無いのだ!」と、次々と伝えながら走っていく、その言葉がエウアンゲリオンである。

勝利した私達の王とは誰か?それは私達の主イエス様であり、敗北した者とは、悪魔サタンである。
そしてそれは、罪に対しての勝利であり、死に対しての勝利である。

15:3 わたしが最も大事なこととしてあなたがたに伝えたのは、わたし自身も受けたことであった。すなわちキリストが、聖書に書いてあるとおり、わたしたちの罪のために死んだこと、
15:4 そして葬られたこと、聖書に書いてあるとおり、三日目によみがえったこと、
15:5 ケパに現れ、次に、十二人に現れたことである。

これが福音の根幹である。
イエス様は、わたしたちの罪のために死なれた事によって、私達の罪を十字架上で釘付けにされ、私達の罪そのものを罰して下さった。
そして、三日目によみがえられた事によって、死に勝利して下さった。

15:54 この朽ちるものが朽ちないものを着、この死ぬものが死なないものを着るとき、聖書に書いてある言葉が成就するのである。
15:55 「死は勝利にのまれてしまった。死よ、おまえの勝利は、どこにあるのか。死よ、おまえのとげは、どこにあるのか」。
15:56 死のとげは罪である。罪の力は律法である。
15:57 しかし感謝すべきことには、神はわたしたちの主イエス・キリストによって、わたしたちに勝利を賜わったのである。
15:58 だから、愛する兄弟たちよ。堅く立って動かされず、いつも全力を注いで主のわざに励みなさい。主にあっては、あなたがたの労苦がむだになることはないと、あなたがたは知っているからである。

死に対する勝利、これこそ、私達人類にとって究極の救いである。それを達成して下さったお方がイエス様であり、それを伝える言葉が、福音である。
悪魔サタンは、敗北した。悪魔の誘惑の本質は、この、神の言葉を混乱させる事だ。

「主なる神が造られた野の生き物のうちで、へびが最も狡猾であった。」(創3:1) この蛇こそ、天から投げ落とされた、全人類を惑わす者、すなわち悪魔とかサタンとか呼ばれる、あの古い蛇(黙12:9)である。
悪魔の「魔」、その漢字は、广(まだれ:家や庭を意味)の中に、二本の木があり、その間に「鬼」と書くように、悪魔の誘惑の特徴は、いかに人をいのちの木から遠ざけ、善悪の木に向かわせるか、という点にあり、御言葉の肝心な所を抜いたり、不純物を混ぜたりして、人に不安の波紋を起こさせ、御言葉否定へと導く。
神が言われたのは、?「園のどの木からも」 ?「思いのまま食べてよい」、?「しかし善悪の知識の木からは」 ?「取って食べてはならない」だった。(創世記2:16-17)
しかし悪魔であるこの古い蛇は、『?「園にあるどの木からも」 ?「取って食べてはならない」と、ほんとうに神が言われたのですか』(創3:1)、と言っており、肝心の、?と?を除いてしまっている。
蛇は、神様から与えられているあらゆる良き祝福には、全く言及せず、たった一つのしてはならない事にクローズアップさせ、あたかも神は、我々に制限を大きく課しているかのような錯覚を、吹き込ませた。
御言葉をしっかり覚えていないと、容易に騙されてしまう。エバはその掻き乱しに、まんまと乗ってしまった。

創世記3:2 女はへびに言った、「わたしたちは園の木の実を食べることは許されていますが、
3:3 ただ園の中央にある木の実については、これを取って食べるな、これに触れるな、死んではいけないからと、神は言われました」。
3:4 へびは女に言った、「あなたがたは決して死ぬことはないでしょう。
3:5 それを食べると、あなたがたの目が開け、神のように善悪を知る者となることを、神は知っておられるのです」。
3:6 女がその木を見ると、それは食べるに良く、目には美しく、賢くなるには好ましいと思われたから、その実を取って食べ、また共にいた夫にも与えたので、彼も食べた。

こうして人類に死が、呪いがもたらされてしまった。
しかし神は、そんな人間を捨てる事なく、救うために、御父は愛するひとり子を犠牲にし、イエス様は、自らの命を投げ出してまで私達人類を救って下さった。
そして神は、悪魔サタンをやがて一瞬にして焼き滅ぼされ、永遠の炎に閉じ込められる。

黙示録20:7 千年の期間が終ると、サタンはその獄から解放される。
20:8 そして、出て行き、地の四方にいる諸国民、すなわちゴグ、マゴグを惑わし、彼らを戦いのために召集する。その数は、海の砂のように多い。
20:9 彼らは地上の広い所に上ってきて、聖徒たちの陣営と愛されていた都とを包囲した。すると、天から火が下ってきて、彼らを焼き尽した。
20:10 そして、彼らを惑わした悪魔は、火と硫黄との池に投げ込まれた。そこには、獣もにせ預言者もいて、彼らは世々限りなく日夜、苦しめられるのである。

私達を惑わしたサタンの行く所は、硫黄の燃えている火の池ゲヘナであり、そこで生きたままで投げ込まれる。
イエス様の勝利は、完全・完璧であり、イエス様を主とした私達が行く所は天国で、私達はそこで永遠にイエス様と共に生きるのだ。

黙示録21:1 わたしはまた、新しい天と新しい地とを見た。先の天と地とは消え去り、海もなくなってしまった。
21:2 また、聖なる都、新しいエルサレムが、夫のために着飾った花嫁のように用意をととのえて、神のもとを出て、天から下って来るのを見た。
21:3 また、御座から大きな声が叫ぶのを聞いた、「見よ、神の幕屋が人と共にあり、神が人と共に住み、人は神の民となり、神自ら人と共にいまして、
21:4 人の目から涙を全くぬぐいとって下さる。もはや、死もなく、悲しみも、叫びも、痛みもない。先のものが、すでに過ぎ去ったからである」。

神の国よりも世の何かを優先させてしまう事の危険(ルカ12:13-21)
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12:13 群衆の中のひとりがイエスに言った、「先生、わたしの兄弟に、遺産を分けてくれるようにおっしゃってください」。
12:14 彼に言われた、「人よ、だれがわたしをあなたがたの裁判人または分配人に立てたのか」。

イエス様は、つれない返事をされたのはなぜか。それは、次の言葉に答えがある。

12:15 それから人々にむかって言われた、「あらゆる貪欲に対してよくよく警戒しなさい。たといたくさんの物を持っていても、人のいのちは、持ち物にはよらないのである」。

彼は、貪欲の動機をもって、イエス様の求めたからだ。
世の事柄は、良いものでも悪いものでもない。ただ、それを用いる人の心によって、よくも悪くもなる。

12:16 そこで一つの譬を語られた、「ある金持の畑が豊作であった。
12:17 そこで彼は心の中で、『どうしようか、わたしの作物をしまっておく所がないのだが』と思いめぐらして
12:18 言った、『こうしよう。わたしの倉を取りこわし、もっと大きいのを建てて、そこに穀物や食糧を全部しまい込もう。
12:19 そして自分の魂に言おう。たましいよ、おまえには長年分の食糧がたくさんたくわえてある。さあ安心せよ、食え、飲め、楽しめ』。
12:20 すると神が彼に言われた、『愚かな者よ、あなたの魂は今夜のうちにも取り去られるであろう。そしたら、あなたが用意した物は、だれのものになるのか』。
12:21 自分のために宝を積んで神に対して富まない者は、これと同じである」。

たとえの中の人は、神に対して富まない者だった。この地上の富や宝を求め、それをたましいの喜びとし、安心する根拠とはしても、永遠のいのちの源であるイエス様を求めなかった。

49:16 人が富を得るときも、その家の栄えが増し加わるときも、恐れてはならない。
49:17 彼が死ぬときは何ひとつ携え行くことができず、その栄えも彼に従って下って行くことは/ないからである。
49:18 たとい彼が生きながらえる間、自分を幸福と思っても、またみずから幸な時に、人々から称賛されても、
49:19 彼はついにおのれの先祖の仲間に連なる。彼らは絶えて光を見ることがない。
49:20 人は栄華のうちに長くとどまることはできない。滅びうせる獣にひとしい。

富んではいても、獣に等しい人は、世の中にごまんといる。
その代表格が、ソロモンである。
彼は世界一、知恵が与えられ、富と栄誉が与えられたが、彼自身は「むなしい」の一言で人生を終えてしまった。
ソロモンの性質とは、いかなるものか。

2:1 わたしは自分の心に言った、「さあ、快楽をもって、おまえを試みよう。おまえは愉快に過ごすがよい」と。しかし、これもまた空であった。
2:2 わたしは笑いについて言った、「これは狂気である」と。また快楽について言った、「これは何をするのか」と。
2:3 わたしの心は知恵をもってわたしを導いているが、わたしは酒をもって自分の肉体を元気づけようと試みた。また、人の子は天が下でその短い一生の間、どんな事をしたら良いかを、見きわめるまでは、愚かな事をしようと試みた。

2:4 わたしは大きな事業をした。わたしは自分のために家を建て、ぶどう畑を設け、
2:5 園と庭をつくり、またすべて実のなる木をそこに植え、
2:6 池をつくって、木のおい茂る林に、そこから水を注がせた。
2:7 わたしは男女の奴隷を買った。またわたしの家で生れた奴隷を持っていた。わたしはまた、わたしより先にエルサレムにいただれよりも多くの牛や羊の財産を持っていた。
2:8 わたしはまた銀と金を集め、王たちと国々の財宝を集めた。またわたしは歌うたう男、歌うたう女を得た。また人の子の楽しみとするそばめを多く得た。
2:9 こうして、わたしは大いなる者となり、わたしより先にエルサレムにいたすべての者よりも、大いなる者となった。わたしの知恵もまた、わたしを離れなかった。
2:10 なんでもわたしの目の好むものは遠慮せず、わたしの心の喜ぶものは拒まなかった。わたしの心がわたしのすべての労苦によって、快楽を得たからである。そしてこれはわたしのすべての労苦によって得た報いであった。
2:11 そこで、わたしはわが手のなしたすべての事、およびそれをなすに要した労苦を顧みたとき、見よ、皆、空であって、風を捕えるようなものであった。日の下には益となるものはないのである。

彼は、せっかく神様から与えられた知恵を脇において、酒をもって肉体を元気つけようとした。
また、きよい聖なる事のみならず、愚かな事をしようと試みた。
クリスチャンの中にも、いる。自分は聖書の聖なる事だけでなく、愚かなこと、酒をも求めよう、その両方を得てこそ、真の知恵が与えられるのだ、と。
そのように思う人は、忘れている。人は、快楽に対する耐性が無い、という事を。
いかにサムソンのように腕力があっても、いかにソロモンのような知恵があっても、共々、快楽によって身を滅ぼしてしまった。
ましてや、私達はいかなるものだろう。
 

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