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詩篇講解説教

主のタイミングで主の御旨を実行せよ(詩篇89:19-52)

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この詩篇89篇は、永遠であり普遍なる神が、ダビデと契約を結ばれた事、そして、その契約を結ばれた主は、はじめから終わりまで真実であられた事を歌っている。
 
主は永遠に真実なお方であるのに対し、人の側は、誠実な時もあれば、不実な時もある。
人が誠実な時には、主は誠実への報いとして大きな祝福を与えられるが、不実な時には、懲らしめとして苦難を与えられる。
 
この詩篇の後半は、将来のダビデの子孫たちが不従順ゆえに災いに遭っている姿を見せられたエタンによる、とりなしの叫びである。
 
そのような叫びが出来るのは、主は義であると同時に、憐れみ深く、恵み深い方である事を、彼が知っていたからだ。
 
18節までは、王の王であられる神の栄光を賛美していたが、19節以降では、特に、ダビデ契約の性質を詳しく示している。
 
 
89:19 昔あなたは幻をもってあなたの聖徒に告げて/言われました、「わたしは勇士に栄冠を授け、民の中から選ばれた者を高くあげた。
 
神はダビデを選んで、その王国を固く建て、その子孫に、永遠の支配をゆだねられた。
その子孫とは、イエス・キリストである。
 
さらに20節以降に、主がダビデに与えてくださった真実と恵みの数々が、記されている。
 
 
89:20 わたしはわがしもべダビデを得て、これにわが聖なる油をそそいだ。
89:21 わが手は常に彼と共にあり、わが腕はまた彼を強くする。
89:22 敵は彼をだますことなく、悪しき者は彼を卑しめることはない。
89:23 わたしは彼の前にもろもろのあだを打ち滅ぼし、彼を憎む者どもを打ち倒す。
89:24 わがまことと、わがいつくしみは彼と共にあり、わが名によって彼の角は高くあげられる。
89:25 わたしは彼の手を海の上におき、彼の右の手を川の上におく。
89:26 彼はわたしにむかい『あなたはわが父、わが神、わが救の岩』と呼ぶであろう。
 
実際、ダビデは、神に助けられ、サウル王やペリシテ人から守られ、そしてサウルに代わる王とされた。
そうして向かうところ敵なしの状態となって、イスラエルに敵対していた国々を平定した。
 
それは、26節にある通り、ダビデは神を父とし、「わが神」「わが救いの岩」としたゆえであった。
続く節で、神は応答される。
 
89:27 わたしはまた彼をわがういごとし、地の王たちのうちの最も高い者とする。
89:28 わたしはとこしえに、わがいつくしみを彼のために保ち、わが契約は彼のために堅く立つ。
89:29 わたしは彼の家系をとこしえに堅く定め、その位を天の日数のようにながらえさせる。
 
神はダビデを「ういご」として扱われた。
実際、ダビデの子孫、イエス・キリストは、全て神に召された者たちの長子である、と、ローマ8:29に書かれてある。
 
ローマ8:28 神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにして下さることを、わたしたちは知っている。
8:29 神はあらかじめ知っておられる者たちを、更に御子のかたちに似たものとしようとして、あらかじめ定めて下さった。それは、御子を多くの兄弟の中で長子とならせるためであった。
 
そう、召し出された私達・教会は、全ての事が働かされて、益とされる者たちである。
たとえ世の中が、どのような情勢となったとしても。
 
なぜなら神は、召し出された人々を、御子キリストと同じ姿へと、あらかじめ定められていたからである。
 
 
詩篇89篇30節以降には、もし、ダビデの子孫たちが、神様の真実に対し、「不真実」で返したら、どうなってしまうのか、あらかじめ警告されていた内容が示されている。
 
89:30 もしその子孫がわがおきてを捨て、わがさばきに従って歩まないならば、
89:31 もし彼らがわが定めを犯し、わが戒めを守らないならば、
89:32 わたしはつえをもって彼らのとがを罰し、むちをもって彼らの不義を罰する。
89:33 しかし、わたしはわがいつくしみを/彼から取り去ることなく、わがまことにそむくことはない。
89:34 わたしはわが契約を破ることなく、わがくちびるから出た言葉を変えることはない。
89:35 わたしはひとたびわが聖によって誓った。わたしはダビデに偽りを言わない。
89:36 彼の家系はとこしえに続き、彼の位は太陽のように常にわたしの前にある。
89:37 また月のようにとこしえに堅く定められ、大空の続くかぎり堅く立つ」。〔セラ
 
確かに、主との契約を破って、主から離れるとするなら、懲らしめと刑罰が待っている。
しかし同時に、主は、わたしは恵みを彼からもぎ取らず、わたしの真実を偽らない、と言われた。
「わたしは決して捨てない」という、素晴らしい主の恵みが、あらかじめ表明されていたのだ。
 
確かにダビデの王家は、代々、主に逆らってきた。
にもかかわらず、主は、ダビデの家を覚えておられ、その子孫から、救い主イエス・キリストをお建てになった。
 
38節以降を見ると、エタンが見せられた刑罰の厳しさがわかる。
 
89:38 しかしあなたは、あなたの油そそがれた者を/捨ててしりぞけ、彼に対して激しく怒られました。
89:39 あなたはそのしもべとの契約を廃棄し、彼の冠を地になげうって、けがされました。
89:40 あなたはその城壁をことごとくこわし、そのとりでを荒れすたれさせられました。
89:41 そこを通り過ぎる者は皆彼をかすめ、彼はその隣り人のあざけりとなりました。
89:42 あなたは彼のあだの右の手を高くあげ、そのもろもろの敵を喜ばせられました。
89:43 まことに、あなたは彼のつるぎの刃をかえして、彼を戦いに立たせられなかったのです。
89:44 あなたは彼の手から王のつえを取り去り、その王座を地に投げすてられました。
89:45 あなたは彼の若き日をちぢめ、恥をもって彼をおおわれました。〔セラ
 
ここの「彼の若い日を短くし」とは、エホヤキン王の事を指すと思われる。
彼は18歳(2歴代誌36:9のヘブル語本文では8歳)で王となりエルサレムで3か月間王であった。
 
ソロモンの時代を生きていたエタンは、そのような暗い遠い将来を、「琴と立琴とシンバルをもって預言する者(1歴代誌25章)」として、預言の内に見せられ、この詩を書いたのだろう。
 
46-51節は、その悲惨な状況に対する主への叫びである。
 
89:46 主よ、いつまでなのですか。とこしえにお隠れになるのですか。あなたの怒りはいつまで火のように燃えるのですか。
89:47 主よ、人のいのちの、いかに短く、すべての人の子を、いかにはかなく造られたかを、みこころにとめてください。
89:48 だれか生きて死を見ず、その魂を陰府の力から/救いうるものがあるでしょうか。〔セラ
89:49 主よ、あなたがまことをもってダビデに誓われた/昔のいつくしみはどこにありますか。
89:50 主よ、あなたのしもべがうけるはずかしめを/みこころにとめてください。主よ、あなたのもろもろの敵はわたしをそしり、あなたの油そそがれた者の足跡をそしります。わたしはもろもろの民のそしりを/わたしのふところにいだいているのです。
 
 
悲惨な現状が到来してしまう原因は、ほぼ、私達の側にある。
 
私達・神の民が、主の御旨に沿った管理を、し損ねると、管理しなかった分の解決すべき問題の山々が、こちらを強制的に支配しにかかって来る。
すなわち、管理しなかった人間関係、管理していなかった勉強時間、管理していなかった、その他もろもろが。
それらがやがて、牙をむいて、こちらを強制的に支配しにかかって来るのだ。
 
それは法則ではあるが、しかし主は、「無感情な法則」のようなお方ではなく、恵み深いお方である。
それだからエタンは訴えているのである。
私達も、個人的に主に訴え祈ることができる。
 
エタンは、そのような訴えをしはしたけれども、最後は頌栄と、アーメン、アーメンでこの詩を終え、詩篇第三巻を閉じた。
 
89:52 主はとこしえにほむべきかな。アァメン、アァメン。
 
私たちの生活も、もしかすると、エタンが見たような葛藤の中にあるかもしれない。
しかし、人の目に見える時間があると同時に、人の目には見えない「神の時間」がある。
私達が見える時間は、政治家、社長、株主など、この時代の強者が支配している。
しかし神は、見えない時間を管理しておられ、神の民に、神の時を告げ知らせ、神の経営を実行させるために、御言葉を下さる。
 
私達は、その「時」を悟り、時にかなった事をする「時間マスター」になるべきである。
 
私達が、主のタイミングで主の御旨を実行するなら、主の大いなるわざをもたらす「歴史の主人公」となれる。
 
しかし、もしそれが与えられているにもかかわらず、実行しないなら、大きなチャンスをみすみす逃すだけではない。
エタンが見せられたように、後々の自分や子々孫々へと、大きな災いを残してしまう事になる。
 
今、私達は、与えられている時間を自分の好き勝手にする時間としてではなく、主の御旨を悟り、主が仕組んだ時間として正しく管理し、主の御旨を実行させるために、用いられるべきである。

主日礼拝

時を支配する者となれ(エステル記3-4章)

第一礼拝 Youtube動画

English Service: Be the ruler of the time (Esther 3-4) Youtube動画

週報/メッセージ(説教)概要

 今年は主の恵みの年、主の復讐の日というビジョンが与えられた。主の恵みの年、主の復讐の日を始めた良い例は、エステル記に記されているが、それを理解するためにモーセの時代へ遡らなくてはならない。
 イスラエルの民が、エジプトから約束の地へ旅していた途中、アマレクが襲ってきた。彼らはイスラエルの中の、疲れ、弱っていた人達を狙い撃ちに来た。アマレクの性質を一言で言うなら「弱い者いじめ」である。
 主は、そのような者の記憶を、天の下から消し去らなければならない、と命じられた(申命記25:17-19)。
それができるようになった「主の時」は、サウル王の時代に訪れた。主は、彼にそれを命じたが、彼はアマレクの王アガクを惜しみ、実行しなかった。それで彼は、災いの根を後々に残してしまう(1サムエル15章)。
主の時に、主に言われた通りに実行しないなら、後の自分や後の子孫が被る災いを、大きくしてしまうのだ。
 時代が降ってエステルの時代、サウルが根絶しなかったアガグの子孫と言われているハマンは、権力を得て、イスラエル民族を皆殺しにしようと企む。彼は、ユダヤ人モルデカイが彼に敬礼しない、という理由で、非常に憤り、モルデカイを殺すだけでは飽き足らず、彼の民・ユダヤ人をも絶滅しようと執念を燃やし、必要経費として、銀1万タラント(1タラントは30〜40キログラム)を出す、とまで言った。ハマンには恐らく、経済的に祝福されているユダヤ人の財産を没収して、私服を肥やそう、という意図も、あったかもしれない。
 
 この時は、ユダヤ人にとっては滅亡のカウントダウンの時間に見えたかもしれないが、人の目に見える時間と、見えない時間がある。私達が見える時間は、政治家、社長、株主など、この世の強者が支配しているが、神は、見えない時間を管理しておられ、神の民に神の時を告げ知らせ、神の経営を実行させるために御言葉を下さる。私達は、その「時間マスター」になるべきである。主のタイミングで主の御旨を実行する時、主の大いなるわざを、その時代にもたらす、「歴史の主人公」となれるが、それを実行しないなら、大きなチャンスをみすみす逃すのみならず、後々の自分や子々孫々へ、大きな災いを残してしまう事になる。
 今、私達に与えられている時間を、世が仕組んだ時間としてではなく、主が仕組んだ時間として悟り、管理するべきだ。私達・神の民が、時間を管理し損ねると、その、管理しなかった分の解決すべき問題の山が、管理しなかった人間関係や、勉強時間が、その他もろもろが、こちらを強制的に支配しにかかって来る。
神の時間を自覚せず、自分流の時間をそのまま生きるなら、時間という鞭に追われる「奴隷状態」となってしまうのだ。私達はどうやって自分の人生やこの歴史に、神の時間をスタートさせる「主人公」となれるのか。それは、神の時を見極め、その仕事を「やります」と従順し、神から託された地位や力を用いる時にである。
 
 モルテガイは、ハマンが定めたユダヤ人虐殺の法令を聞いた時、王妃エステルに、王の前に出て直訴するように言った。しかしエステルは、自分は王から30日も召されていない、もし召されないままで行くなら、自分は殺されるかもしれない、と返事した。そこでモルテガイは言った。『あなたがもし、「このような時」に黙っているならば、他の所から、助けと救がユダヤ人のために起るでしょう。しかし、あなたとあなたの父の家とは滅びるでしょう。あなたがこの国に迎えられたのは、「このような時のため」でなかったと誰が知りましょう」。』(エステル4:14)  そう、エステルは、「このような時」のために、神の摂理によって、王妃という地位が与えられていたのだ。主が彼女を通して働き、神の民を救うのみならず、神の民を世界的に偉大にさせる、という、神の「見えない時」を実現させるために。  私達も、神の摂理によって地位が与えられている。
それは一見、つまらない地位に見えるかもしれないし、あるいは逆に、どうしてこんなに高い地位と成功が与えられたのか、分からないかもしれない。しかしそれは、神の時の歯車が噛み合って、御心が実行に移されるために、神が入念に準備しておられたからだ。 それにもかかわらず、与えられている地位や富に安住し、主が「その時」のために整えられておられた使命を全うするのを拒むなら、モルデカイが言った通り、本人も、本人自身の家も、滅びてしまう。神は全ての人に、時と機会を備える(伝道者の書9:11)。神の定めた「時」と「機会」に乗り、その使命を果たす人が、主の御旨を遂行する事に用いられ、勝ち取って行くのだ。
 
 エステルが、自分がたとえ死ぬとしても、王の元に行きます、と引き受けた時、ペルシャの歴史が「主の恵みの年」へと変化した。主は、エステルが命がけで御旨を遂行しようとした決心を受け取り、神の民に栄誉を与える方向へと、歴史に手を加え始める。 与えられた地位を用いて主の御旨を行う決心をし、主の恵みの年、主の復讐の日を開始して行く皆さまでありますように!イエス様のお名前によって祝福します!

 

 

金曜徹夜祈祷会 礼拝説教メッセージ

時間マスターであれ(エステル5:1-8)

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忘れずに報いを下さる主(エステル6章)

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悪人をすべりやすい所に置き、義人を堅い所に立たせて下さる主(エステル5:9-14)

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復讐の日をもたらした宴会(エステル5:1-8)

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主日礼拝

主の恵みの年、主の復讐の日(イザヤ61章)

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English Service: The acceptable year of the Lord(Luk4:18-21) Youtube動画

週報/メッセージ(説教)概要

 今年初めに、ルカ4:16-21とイザヤ61章の御言葉が与えられ、「主の恵みの年、主の復讐の日」を実現させる年というビジョンが与えられた。「恵み(デクトス)」とは「快く受け入れられる」「気に入る」「歓迎される」という意味で、すなわち、主から最高に歓迎される年である。 そして「復讐」とは、ルカ4:18にある通り、貧しさや奴隷状態、傷、盲目状態、虐げられてきた日々に対する復讐である。 エジプトを脱出した民は400年も奴隷として搾取されて来たが、彼らは主にあって、きっちり分捕り返した上で脱出した。同じように私達も、悪魔サタンに分捕られて来た分は、キッチリとイエス様にあって搾り取った上で(最低でも倍返し:イザヤ61:7)、以前の状態から脱出し、この年を、「主の恵みの年」として塗り替え行くのだ。
 そうなるためには、ルカ4:21の、「今日は、この御言葉が、あなたの耳の中で成就した日です」という宣言は、自分に成就したもの、として、受け入れる必要があった。貧しく、奴隷で、傷を受け、盲目で、虐げられた日々は、もうイエス様が十字架の上で「完了」させて下さった、という真理を信じ、受け入れ、その前提で歩んで行くなら、主の恵みの年・復讐の日が始動し、実体化されていくのだ。 こうして「恵みの年」が始まると、私達はどのような働き人となるのか。それはイザヤ61:3以降に記されている。
 
 すなわち、シオン(神の民)の悲しむ者達に、灰の代わりに頭の飾りを、悲しみの代わりに喜びの油を、憂いの心の代わりに賛美の外套を着けさせる働き(3a)、すなわち、神の民に慰めをもたらす働きである。
 『彼らは義の樫の木と唱えられ、主がその栄光を表すために植えられた者と唱えられる。』(3b) 樫の木と訳された語「アイル」は「力」「強さ」「長」をあらわす。つまりその人は、強く垣根を超えていく枝となるのだ。
 その人は、昔の廃墟を建て直し、先の荒れ跡を復興し、廃墟の町々、代々の荒れ跡を一新する(4節)。
この国はかつて、福音が伝来した時は大いに広がり、信者が爆発的に増えて行ったが、当時の権力に迫害され、散らされてしまった。そのような、昔の廃墟を立て直し、復興させる働きを、今、起こすのだ。
 『外国人は立ってあなた方の群れを飼い、異邦人はあなた方の畑を耕す者となり、ぶどうを作る者となる。しかし、あなた方は主の祭司(コーエン)と唱えられ、我々の神の役者と呼ばれ、諸々の国の富を食べ、彼らの宝を得て喜ぶ。』(5-6節)。コーエンというヘブライ語は、祭司長、あるいは人々の長を意味する。私達が「コーエン」となって、神と人との間に立って取りなし、御言葉を教え、人々はそんな私達を補助するのだ。
 そして主の復讐の日が始まる故に、『先に受けた恥にかえて二倍の賜物を受け、辱めにかえてその嗣業を得て楽しむ。それ故、あなた方はその地にあって、二倍の賜物を獲、とこしえの喜びを得る。』(7節)。
 これは、とても素晴らしい祝福だが、このような祝福が与えられたからと言って、欲を出したり、高慢になったりしないように、今からよく気をつけるべきである。イスラエルの王達の多くは、若い内は純粋に主に従った故に、祝福され、富と力を得るのだが、それによって高慢になり、罪を犯して、祝福が去ってしまった、というパターンばかりだった。私達はその例にならわないよう、祝福された将来の自分がそうならないよう、今からよくよくシュミレーションするべきである。次のように注意されているからだ。『主なるわたしは公平を愛し、強奪と邪悪を憎み、真実をもって彼らに報いを与え、彼らと、とこしえの契約を結ぶからである。』(8節)
 このようにするなら、子々孫々が、主にあって栄光の次世代に、栄光のリーダーへとなって行く。『彼らの子孫は、諸々の国の中で知られ、彼らの子らは、諸々の民の中に知られる。全てこれを見る者は、これが主の祝福された民である事を認める。』(9節) 私達には、このビジョンが与えられている。御言葉教育をする幼稚園や学校を建て、テフィリン教育を施し、そうして若者たちを、ユダヤ人以上の天才に育て上げ、次世代のリーダーとし、国々が主の栄光を見て、イエス・キリストの福音の傘下を歩むようにして行く・・・。それが今、コーエン大学で養われた働き人達を中心に、世界中で起きている、テフィリンのムーブメントである。
 
 主は、人のいないのを、うめいておられる。とりなす人や、主のうめきを察知して主の働きをする人がいないのを。私達は、神と人との間に立つ「コーエン」となって、人々のために取りなし、また、この時代に神の国を建て上げていく働き人となって、主の恵みの年を実現していくのだ。そのようなビジョンをもって、主のために意欲的に働く人に、主は、救いの衣を着せ、正義の外套をまとわせ、花婿のように栄冠をかぶらせ、花嫁のように宝玉で飾ってくださる(10節)。今年、全ての国に、主の義と、賛美を芽生えさせる働きをはじめ、主の恵みの年々、主の復讐の日々を開始して行く皆さまでありますように!
 

金曜徹夜祈祷会 礼拝説教メッセージ

たましいに幸いを得ているように(3ヨハネ2)

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神の求めるものを固く守ろうとする者に、神が「与える(ナタン)」もの(ダニエル1章)

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敵に追い立てられて導かれたベエル・シェバ(創世記26章)

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