メッセージ - 最新エントリー

礼拝説教メッセージ音声:イエスを排除する(マルコ14:1-2)국어예배 (右クリックで保存)

祭司長や律法学者達はイエスを殺そうとたくらんだ。
イエスが殺されるのはユダヤで最も重要な祭りである過越し祭の時である。
傷の無い子羊を屠って皆で食べ、その血を玄関の柱に塗ってしるしとし、滅ぼす者がそれを見てその家を過ぎ越した出来事を記念とし、永遠に守るべき定めとした祭りは、まさに主イエスを表していた。
時の祭司長カイアファが預言したとおり、イエスは国民全体のために死んだ。(ヨハネ11:50)
祭司長など宗教指導者達は本来、神の遣わされたメシヤには何よりも忠誠を尽すべき立場のはずだが、証拠としての奇跡を行うイエスに居てもらっては危険であり、自分達の地位やユダヤが危機に陥ると考え、イエスを亡き者にしようとした。
それは在ってはならない事と考えるかもしれないが、実はクリスチャンも結構、頻繁にイエスに居てもらっては困るとして、思いの内からイエスを亡き者にしようとしてしまいがちである。
いかなる時においてもイエスを否む事の無いようにしたい。

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礼拝説教メッセージ音声:義人の血(マタイ23:29-36)국어예배 (右クリックで保存)

血は叫ぶ。(創世記4:10、黙示録6:10)
血を流した下手人達に対しては災いと滅びの叫びであり、義人達に対しては弁護し義とする叫びである。
アベルからゼカリヤに至るまで流されてきた多くの義人達の血は、その時代イエスを殺した者達の上に降りかかり(マタイ23:36)、イエスの名のゆえに流された血は、終わりの時代にその血を流した者達に飲まされる。
定められた枡に達するまで、悪人は血を流し続け、義人はその義の行いを満たし続けるのである。

ファリサイ人たちは「蛇」「蝮の末」と呼ばれたが、実はイエス様が公になる以前、バプテスマのヨハネにも言われている。(マタイ3:7-10)
彼らは立派で敬虔な身なりであるが、蝮の末だと見抜かれてしまったのは「回心にふさわしい実」(3:8)を結んでいないからである。
ここの「実」は単数形であり、その単数形の実とはイエスキリストの事である。
ガラテヤ5:22において霊の実が9つの現れとして出てくるが、5:22における実も単数形であり、キリストという単数形の実が9つの表れとして出てくる。
(ちなみに黙示録22:2における12種の実を生らせるいのちの木も、定冠詞つきで複数形ではない。)

キリストに在れば良き実を結び、キリストに無ければ実を結ぶことは出来ない。
まむしの末は、礼拝や聖会などの公な時間よりも、むしろその後の時間に馬脚を現す。
教会や礼拝の場においていくら敬虔ぶっていても、礼拝後の交わりなどにおいて党派心、分裂分派、妬みなどを吹き込むような者は、キリストに在る兄弟姉妹とは言えない。

キリストの血は、キリストに無い者達にとっては災いと恐怖のしるしであるが、キリストに在る者達には守りと弁護のしるしである。
我々を訴え不利に陥れようとする者に対して、またそのような状況に対して、イエスの血を振り掛けるべきである。

礼拝説教メッセージ音声:外見は美しく、内面は穢れて(マタイ23:25-28)한국어예배 (右クリックで保存)

律法学者とファリサイ人は、穢れたものが盛られている見栄えの良い食器のようだと主は責められた。
主は全てを見透かすお方であり、見栄えを良くしようとして内面を何ともしようとしない者を、主は須くそのように見られているのである。
食器の内にあるものを慈善に施す(ルカ11:41)事を主が勧められたのは、イザヤ58:6,7における主の喜ばれる本当の断食に通じる。(悪による束縛を断ち、軛の結び目をほどき、虐げられた人を解放し、軛をことごとく折る。更に、飢えた人にパンを裂き与え、さまよう貧しい人を家に招き入れ、裸の人に会えば衣を着せかけ、同胞に助けを惜しまないこと。)
そうすれば全てが清くされ(ルカ11:41)、主の光が曙のように差し出て、罪の傷は速やかに癒される。(イザヤ58:8)
また、律法学者とファリサイ人は白く塗られた墓のようだと主は責められた。
マタイにおいては、白くて美しく見えるが内側は汚れに満ちている墓として表現されているが、ルカにおいては人目につかない墓のようだと言われている。
墓に触れれば7日間汚れるが、彼らは人知れず人を汚してしまう者達だとも責めているのである。
私達はまず内面を清めていただき、内側から湧き上がってくる愛の衝動によって慈善のわざをなし、そうして全てが清く健やかにされる者でありたい。

礼拝説教メッセージ音声:貧しさに打ち勝つ信仰(列王記上17:8-16)한국어예배 (右クリックで保存)

不況の時代に打ち勝つのは、行いを伴う信仰である。
イスラエルに旱魃が襲ったのはアハブ王の偶像礼拝のためだが、王はエリヤの呪いのためだと思いエリアを殺そうとした。
エリヤは一人の貧しいやもめの下に使わされた。彼女達の財産は、わずかな粉と油のみ。
エリヤを金持ちの所に遣わしてラクさせればよいのに、どうしてこんな赤貧のやもめのところに?
しかも最後のパンを与えよ、とは何事かと人は思う。
もしエリヤが彼女のところに使わされていないなら、このやもめは最後のパンを食べて死んだだろうが、彼女をも救うためにエリヤは遣わされた。
主は既にやもめを通してエリヤを養う事を計画しておられた。
小さな事に忠実であれば大きな事をまかされる。私達も酷い状況でも忠実であれば神は大いなる助けをなさる。
もし彼女に聞く耳が無かったとすれば、彼女は最後のパンを食べて死んでいたであろうが、彼女は最後の粉を持って捧げた。
あなたの神、主を信頼し、預言者を信頼すれば健やかな祝福が私達のもの。(2歴代20:20)
神に栄光を返し永遠に賛美する事、神の栄光のために生き、死ぬ事が私達の為すべき事である。
本能のままに生き死ぬのは動物と同様であるが、私達は恵みを受けて感謝しつつ生きる。
御言葉を信じて実践する者こそ不況にあっても打ち勝つ者であり、御言葉とは、イエスキリストご自身である。
御言葉は生き生きとして力があり、アーメンと言って受け入れる者には神の力が現れ、信じて行う者は岩の上に建てられた家のようである。
神無しの財産は災いでしか無い。お金は慕い愛するべき物ではなく、支配するものである。
私達は神を求めるべきであり、お金のほうが私達を追いかけるべきであって、その逆はない。
持つべき目的は、神を喜ばせる事である。
神が必要を満たしてくださる事を信じる信仰がなければ神に喜ばれる事はできない。(ヘブル11:6)
御言葉どおり生きて祝福され、勝利する皆さんでありますように!

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本日の礼拝は、録音状態が悪かったため、音声メッセージのアップはありません。

本日の週報

メッセージ概要 (説教者:鄭基源牧師)

主が来られた目的(ヨハネ6:37-40)

このヨハネの御言葉にて、主は御旨と来られた目的を明らかにされました。
すなわち信じる全ての人々に永遠のいのちを得させ、土に還る私達の体を再び復活させる約束をされています。

1、主の御前に進み出る目的は、1)御教えを受けるため、2)罪赦されるため、3)力を得るため、4)平安を得るため、5)最も重要な目的はいのちを得るため
でなくてはなりません。これらのビジョンを持つ人々のために主は来てくださいました。

2、主は、御前に集う人が一人も失う事無く救ってくださる事を知らせるために来られました。
主は慈愛深く、私達の罪深さや弱さは見つめず、むしろ憐れみ、招き、愛を注いでくださいます。
また、私達を最後まで責任取って下さると約束して下さいました。

3、終わりの日、主が私達を蘇らせて下さると約束して下さいました。
主を礼拝する全ての人々を再び蘇らせる希望を与えるために、地上に来て下さいました。
復活に関する御言葉を聞くたび読むたび心が躍ります。
主が再び来られる時、信じた私達は御国に入るための復活をし、信じなかった人々には地獄に行くために死の復活を遂げます。

愛する聖徒の皆さん。神様を愛し礼拝する聖徒達を、主は復活の日まで責任を取って下さり、御国における永遠の栄光の中で住まわせるために、良き知らせを持って地上に来て下さいました。
イエス様の愛と、救い主イエス様が来られた目的を正しく知り、主を愛する事を続けようではありませんか。
かの日、一点の曇りもなく御前に立つ皆さんでありますように、イエスの御名によって祈ります。アーメン。

礼拝説教メッセージ音声: 人類最初の人(創世記1〜3章) (右クリックで保存)

人類最初の人はアダムとエバについて。
アダムは土から創られエバは彼のわき腹の骨から創られた。創造当初、彼らには罪は無かったがサタンの唆しにより堕落してしまった。

続き

求めよ。そうすれば受ける。(ヨハネ16:22-24)鄭先生特別メッセージ音声 한국어예배

神を信じる者は祈る資格と同時に義務が与えられている。
祈りは会話であり呼吸である。祈らない者は聖徒として死んだも同じである。
親子の間に愛が溢れているなら会話が弾むように、神を愛する者はよく祈る。

人は知恵が必要であり、知恵が与えられるように祈るべきである(ヤコブ1:5)。
物質的必要も大いに求めるべきであり、求めすぎても咎めるという事をしない主には祈らなくては損である。
ただし、主は、必要は満たしても欲は満たさない。
地上のものはすぐ無くなるが、天のものは永遠に無くならない。
コロサイ3:1にあるとおり、上にあるもの、すなわち健康や物だけでなく賜物を求めるべきだ。

霊の人は御霊の実を結ぶ。いかに異言や預言を語ろうとも、賛美し祈ったその口で兄弟姉妹の悪口を言うような者は、聖なる者からではなく悪しき者から来ている。
信じる者にはマルコ16:17のしるしが伴われる。

隣人を変えてくださいと祈るよりも、自分が変わるよう祈るべきである。なぜなら神さえ人を強制的に変えるような事はなさらないからだ。
どのような祈りが聞かれるか。それは、みことばの通りに祈る祈りである。

不正な裁判官のたとえ(ルカ18:1-8)や、ハンナ(1サムエル1章)のように、確信が来るまで祈りぬくべきである。
祈っているうちに「下さい」から「信じます」に変わり、さらには「感謝」に変わってゆく。
主は「あなたの信仰どおりなれ」と言われた。
祈って祝福が与えられ、杯が満ち溢れる皆さんでありますように!

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礼拝説教メッセージ音声:わが子よ祝福があるように(1サムエル26:23-25)한국어예배 (右クリックで保存)

「わが子ダビデよ。お前に祝福があるように。お前は活躍し、また、必ず成功する。」
私はこの言葉を子供に祈るよう勧めている。ダビデはサウルの命を大切にした事によってサウルの言葉どおり祝福を受けた。
神は、人の命と尊を大切にする者には命と栄誉を大いに与え祝福して下さり、苦難の日に助け出して下さる。(詩篇50:15)
後には長寿に恵まれ、富と栄光に恵まれた人生に満足して子供にも祝福を残す。(1歴代誌29:28)

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使徒信条の学び 第3回 鄭先生(右クリックで保存)

鄭先生による使徒信条の学び。第3回(通訳音声)

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使徒信条の学び 第2回 鄭先生

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鄭先生による使徒信条の学び。第2回(通訳音声)

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