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栄光の雲が神殿に満ちる時(1列王記8:1-11)
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『ソロモンは主の契約の箱をダビデの町、すなわちシオンからかつぎ上ろうとして、イスラエルの長老たちと、すべての部族のかしらたちと、イスラエルの人々の氏族の長たちをエルサレムでソロモン王のもとに召し集めた。』(1列王記8:1)
神殿は完成し、全ての祭具も整えられた。
そして最後に、「契約の箱」、すなわちイスラエルの民と神との間における契約の本体、すなわち、契約の箱が、神殿の中の収まるべき所に安置される時、神殿としての役割が始まるのだ。
『そして彼らは主の箱と、会見の幕屋と、幕屋にあるすべての聖なる器をかつぎ上った。すなわち祭司とレビびとがこれらの物をかつぎ上った。ソロモン王および彼のもとに集まったイスラエルの会衆は皆彼と共に箱の前で、羊と牛をささげたが、その数が多くて調べることも数えることもできなかった。』(1列王記8:4-5)
神殿が完成した時、イスラエルがいかに家畜が増え祝福されていたかを伺い知る事が出来る。
しかし、前回も見た通り、大事なのは、祝福の源であられる神であって、これだけの家畜が捧げられる人間がすごいのではない。
人に敢えて賞賛を与えるとするなら、それだけの祝福を主から引き出せる程の従順と愛があった所だろう。
『そして祭司たちが聖所から出たとき、雲が主の宮に満ちたので、祭司たちは雲のために立って仕えることができなかった。主の栄光が主の宮に満ちたからである。』(1列王記8:10-11)
人が主を愛し、敬い、主に命じられた通りを守り行う時、聖なる主の栄光が満ち溢れる。
これと同じ事は、モーセの時代にも起こった。
『また幕屋と祭壇の周囲に庭を設け、庭の門にとばりをかけた。このようにしてモーセはその工事を終えた。そのとき、雲は会見の天幕をおおい、主の栄光が幕屋に満ちた。モーセは会見の幕屋に、はいることができなかった。雲がその上にとどまり、主の栄光が幕屋に満ちていたからである。』(出エジプト記40:34-35)
主を礼拝する所を、主に命じられた通りに建て上げる時、主の栄光は満ち溢れる。
これはモーセの時代も、ソロモンの時代も、全く同じであり、そして今、私達の時代も全く同じである。
今、聖書は言う。
『あなたがたは神の宮であって、神の御霊が自分のうちに宿っていることを知らないのか。』(1コリント3:16)
主の契約の箱、すなわち、主の約束の御言葉が、神殿の最も内奥なる所、すなわち、至聖所に収まった時、主の栄光が満ち満ちた。
それと同じように、私達という「神殿」の最も内奥なる部分、すなわち、私達の霊に主の約束の御言葉を収め、そして私達のからだで主の御言葉を守り行う時、主の栄光が、私達の内にも外にも、生活の全場面にも満ち満ちるのだ。
神殿の最も聖なる所に納められた契約の箱に入っている「あかしの板」は、英語では「the testimony」、ヘブライ語では「アイドース」、すなわち「あかし」や「証人」を意味する「アイド」の、女性形である。
契約の石板が女性形である事は、実に興味深い。
私達は、キリストに対しては、男も女も皆、「女」の立場である。
キリストこそ、全人類に対して唯一の主人であり、夫であり、そして教会はその妻、キリストの花嫁である。
旧約においては、神の言葉は石板に神の指によって記され、神の筆跡によって石の板に御言葉が刻みつけられたように、新約の今、神の言葉は私達の「心」に、神の指によって刻み込まれた。
『しかし、それらの日の後にわたしがイスラエルの家に立てる契約はこれである。すなわちわたしは、わたしの律法を彼らのうちに置き、その心にしるす。わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となると主は言われる。』(エレミヤ31:33)
『わたしたちの推薦状は、あなたがたなのである。それは、わたしたちの心にしるされていて、すべての人に知られ、かつ読まれている。そして、あなたがたは自分自身が、わたしたちから送られたキリストの手紙であって、墨によらず生ける神の霊によって書かれ、石の板にではなく人の心の板に書かれたものであることを、はっきりとあらわしている。』(2コリント3:2-3)
新約の私達は、神の指によって、神の言葉が心に刻み込まれている。
そして新約の私達自身は、聖霊が宿る神の宮であり、幕屋に置かれた一つ一つの祭具のように、キリストの栄光のために用いられる者であり、そして教会はキリストの花嫁である。
私達自らを、キリストの言葉によって清めるなら、聖なる祭具としてますます聖なる事に用いられる器となって行き、ますます主の栄光がこの「宮」に満ち満ちて行くのである。
神殿の栄光とは(1列王記7:40-51)
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『ヒラムはまたつぼと十能と鉢を造った。こうしてヒラムはソロモン王のために主の宮のすべての細工をなし終えた。・・・ソロモンはその器が非常に多かったので、皆それをはからずにおいた。その青銅の重さは、はかり得なかった。』(1列王記7:40-47)
神殿の建物も、祭具類も、全て完成し整えられた。
そのために用いられた青銅や貴金属類の分量は非常に多かったが、これらは全て、ソロモンの父・ダビデの「主の宮を建てたい」という志によって始まり、ダビデはこれらを苦労して準備し、そしてソロモンが受け継いで、整えたものである。
ダビデは言っている。
「見よ、わたしは苦難のうちにあって主の家のために金十万タラント、銀百万タラントを備え、また青銅と鉄を量ることもできないほどおびただしく備えた。また材木と石をも備えた。あなたはまたこれに加えなければならない。」(1歴代誌22:14)
『またソロモンは主の宮にあるもろもろの器を造った。すなわち金の祭壇と、供えのパンを載せる金の机、および純金の燭台。この燭台は本殿の前に、五つは南に、五つは北にあった。また金の花と、ともしび皿と、心かきと、純金の皿と、心切りばさみと、鉢と、香の杯と、心取り皿と、至聖所である宮の奥のとびらのためおよび、宮の拝殿のとびらのために、金のひじつぼを造った。
こうしてソロモン王が主の宮のために造るすべての細工は終った。そしてソロモンは父ダビデがささげた物、すなわち金銀および器物を携え入り、主の宮の宝蔵の中にたくわえた。』(1列王記7:48-51)
このようにして、栄光に満ちた神殿は完成した。
しかし残念な事に、その栄光は、ソロモンの時代が最盛期で、それ以降、ただ下降の一途をたどる。
ソロモンの次の代は、親達が構築した七光りの上にあぐらをかいて傲慢になり、主を軽んじるようになり、結果、主の守りと祝福は去ってしまい、敵がのさばるようになり、攻めてきた敵をなだめるために、神殿の宝物倉を開いて、その尊い宝を敵に貢ぐようになり、そのように、財も栄光もただ浪費するようになってしまったのだ。
そして最終的には、神殿は異邦人によって破壊され、神殿の尊い器物は、ことごとく奪われてしまった。
『カルデヤびとはまた主の宮の青銅の柱と、主の宮の洗盤の台と、青銅の海を砕いて、その青銅をバビロンに運び、またつぼと、十能と、心切りばさみと、香を盛る皿およびすべて神殿の務に用いる青銅の器、また心取り皿と鉢を取り去った。侍衛の長はまた金で作った物と銀で作った物を取り去った。ソロモンが主の宮のために造った二つの柱と、一つの海と洗盤の台など、これらのもろもろの器の青銅の重さは量ることができなかった。
一つの柱の高さは十八キュビトで、その上に青銅の柱頭があり、柱頭の高さは三キュビトで、柱頭の周囲に網細工とざくろがあって、みな青銅であった。他の柱もその網細工もこれと同じであった。』(2列王記25:13-17)
ここには、第一列王記7章に記された明細と全く同じものがリストアップされているが、しかしそれらは、奪われて行ってしまったものの明細である。
第一列王記の初盤に記された明細には、栄えの絶頂期のような得意げな趣きがあったが、第二列王記の終わりは、絶望のどん底のような悲しい趣きとなってしまった。
結局、大切なのは建物や外見ではない。
人の、主を敬う心である。
せっかく富と栄誉がふんだんに与えられても、その人が主を軽んじ、主から離れてしまうなら、せっかく得た豪華絢爛な資産財産の明細は、単に、憎むべき敵に奪われて行くものの明細となってしまうのだ。
持たない者は、持っているものまで奪われてしまう、と書いてある通りである。
神殿とは、礼拝をする所だ。
そして神殿の器物の一つ一つは、主を礼拝するために用いるためのものだ。
神殿の栄光とは、何だろう。また、教会の栄光とは、何だろう。
それは、神殿や教会で礼拝される対象である「主の栄光」であって、建築したソロモンやヒラムなどの「人間の栄光」ではないのだ。
ソロモンの神殿が破壊された後、70年を経て、神殿は再び立て直されるのだが、破壊される前の豪華絢爛な有様を知っている老人たちは、立て直された後の神殿を見て、大声で泣いた。(エズラ記3:12)
『あなたがたのうち、以前の栄光に輝くこの宮を見たことのある、生き残った者はだれか。あなたがたは、今、これをどう見ているのか。あなたがたの目には、まるで無いに等しいのではないか。しかし、ゼルバベルよ、今、強くあれ。――主の御告げ。――エホツァダクの子、大祭司ヨシュアよ。強くあれ。この国のすべての民よ。強くあれ。――主の御告げ。――仕事に取りかかれ。わたしがあなたがたとともにいるからだ。――万軍の主の御告げ。――
あなたがたがエジプトから出て来たとき、わたしがあなたがたと結んだ約束により、わたしの霊があなたがたの間で働いている。恐れるな。』(ハガイ書2:3-5)
捕囚から戻ってきた老人たちは、以前の神殿の有様と比べたら、無いにも等しい有様を見て、泣き叫んだが、結局、建物の美しさや大きさ、豪華絢爛さが大事なのではない。
金も銀も豊かに備えて下さる主こそ、大事である。
主は、礼拝者の心を見られ、その心が主に対し真実でまっすぐであるなら、主はその宮を「以前の栄光にも勝る」ようにされる。
『銀はわたしのもの、金もわたしのものであると、万軍の主は言われる。主の家の後の栄光は、前の栄光よりも大きいと、万軍の主は言われる。わたしはこの所に繁栄を与えると、万軍の主は言われる』」。この宮のこれから後の栄光は、先のものよりまさろう。万軍の主は仰せられる。わたしはまた、この所に平和を与える。――万軍の主の御告げ。――」』(ハガイ2:8-9)
主は、金も銀も支配しておられるお方。
そして主は、私達を愛し、憐れみ、ひとり子のいのちまでも惜しみなく与えて下さったお方。
このお方こそ、主とするべきである。
本来あるべき「礼拝」の再建(ハガイ書1章)
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賛美集会音声
第二礼拝音声
週報/メッセージ(説教)概要
横浜天声キリスト教会が礼拝を始めたのは、2006年からだった。当初は建物は無く、開拓メンバーが場所を間借りして礼拝を行ていたが、その年の4月末に現会堂が与えられ、5月連休からほぼ手作りと手弁当による工事を始め、6月18日、工事が完了し、翌19日にこの会堂で初の正式な礼拝が捧げられた。
当初は日本人は一人もおらず、大人九名と子供三人、韓国教会のメッセージテープによる礼拝であった。
今年、この会堂での礼拝が始まって10周年に当たるが、天声教会設立のビジョンが与えられたのは、もっと遡る事、2001年であった。2001年1月10日、開拓者・川合働き人にハガイ書の御言葉が与えられた。
ハガイ書は主に、神殿を再建しなさいという主の命令であるので、与えられた当初は教会を再建する事と思って祈っていたが、御心を求めて行く内、再建するのは教会よりもむしろ「礼拝」であると分かって来た。
すなわち、教団や教派などに見られるような「既存のキリスト教会システム」の仕組みの支配下にある「既存の教会」を、もう一つ新しく建築するという事ではなく、本来あるべき「礼拝」の再建である。
それが分かったのが2006年の事であった。こうして、既存のしきたりや既定の概念から離れ、ただ「天」からの「声」のみを聞いて歩む、「天声教会」の模索と建設が、そして礼拝の歩みが始まったのだ。この会堂が発足して10年目を迎えたこの時、このビジョンに戻り、再建するべき「礼拝」とはいかなるもので、どのように歩んで行くべきか、そして礼拝を建て上げて行くなら、どこへ行き着くのかを、暫く見ていきたい。
礼拝をおろそかにすると、どんな生活が待っているか。ハガイ書はそこから始まる。
『「主の家はこのように荒れはてているのに、あなたがたは、みずから板で張った家に住んでいる時であろうか。』 ハガイ書は、主の宮が荒れ果てている状況と、それに引き換え、人々は自分の家を快適に建てあげる事に奔走している様を指摘し、「よく考えよ」と言われる。多く蒔いても取り入れは少なく、飲み食いしても満たされず、着ても温まらず、お金を稼いでも穴の空いた財布に入れるようなものではなかったのか、と。
人は多くを望んでも、得たものは少なかった。主がそれらを吹き払ったからだ。なぜ主は吹き払われるか。
「これはわたしの家が荒れはてているのに、あなたがたは、おのおの自分の家の事だけに、忙しくしている。
それゆえ、あなたがたの上の天は露をさし止め、地はその産物をさし止めた。」(9-10節)
「わたしの家」「主の宮」は、礼拝する所である。もし私達の内の「宮」がおろそかにされているなら、すなわち、礼拝の心が破綻し、主への恐れ敬いが無いなら、穴の空いた財布に入れるような生活なのだ。
聖書で「礼拝」と訳されている語は複数あり、ヘブライ語のシャーハーは「平服する、おじぎする(ギリシア語:ゴニュペテオー)」、シャーラスは「仕える」、アーバドゥは「奉仕する(ギリシア語:ラトゥレイア)」である。
神である主を第一にし、主の御前に身を低くし、主に仕え、主のわざをする。それが礼拝である。
主が第一であるはずの所を、自分を第一にし、主の前に低くなるべきなのに自分を高め、主に仕えるべきなのに、世と自分に仕える。それは「本末転倒」の生き方であり、物事はどんどん悪くなって行くのだ。
「山に登り、木を運んで来て、宮を建てよ。そうすれば、わたしはそれを喜び、わたしの栄光を現わそう。」
具体的な行動から始めよ、と主は言われる。礼拝は、「主のため」という動機を心に握りつつ、床から身を起こし、足を踏み出すその一歩から始まる。どんなに立派な宮を建て、どんなに立派な教団に属しても、礼拝者の心がおろそかだと、何にもならない。ソロモンは、贅を凝らした神殿を建築したのに、後の時代、異邦人に破壊され汚されてしまった。主は、礼拝をする「人」の心こそ重んじられ、人に宿られるからだ。
『あなたがたは神の宮であって、神の御霊が自分のうちに宿っていることを知らないのか。』(1コリ3:16)
この教会は、栄光の「礼拝」を回復するように、というビジョンの元に建てられた。すなわち、主イエスを宿した「働き人」という「生きた神殿」を建て上げ、輩出して行くための教会として、使命が与えられている。
それは、自分の家のために奔走するのではなく、キリストのからだを建て上げるために主の山に登り、木を運んで働く人達である。「そうすれば、わたしはそれを喜び、わたしの栄光を現わそう。主は仰せられる。」
実際に今、天声はそのような働き人達が増え、自分の家よりもこの宮にいる事を愛し、主と交わり、主を思い、主のために働く働き人が不在となった日は、ここ数年、一日たりとも無い。そのような教会は、日本に他にあるだろうか。今、この国の霊的状況は暗澹としており、真に「礼拝」を建て上げる働きを必要としている。
そのために豊かに用いられていく皆さんであり、この教会でありますように!
金曜徹夜祈祷会
ただ契約だけを見つめて歩む私達の歩み(ヨシュア記3:1-6)
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死につながれているなどありえない主イエス(マタイ28:1-15)
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- 礼拝メッセージ説教音声配信 » 講解説教(新約) » マタイによる福音書
- 執筆 :
- pastor 2016-1-9 16:56
死との契約は解消され、よみとの同盟は成り立たない(イザヤ28:14-19)
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- 礼拝メッセージ説教音声配信 » 講解説教(旧約) » イザヤ書
- 執筆 :
- pastor 2016-1-9 16:54
祭司達が水の洗いをする「海」と洗盤(1列王記7:23-39)
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ヒラムは続いて、祭司が身を清めるための祭具である「海」を造った。
それは青銅の鋳物としてはとても大きく、贅の凝らされたものだった。
『また海を鋳て造った。縁から縁まで十キュビトであって、周囲は円形をなし、高さ五キュビトで、その周囲は綱をもって測ると三十キュビトであった。その縁の下には三十キュビトの周囲をめぐるひさごがあって、海の周囲を囲んでいた。そのひさごは二並びで、海を鋳る時に鋳たものである。その海は十二の牛の上に置かれ、その三つは北に向かい、三つは西に向かい、三つは南に向かい、三つは東に向かっていた。海はその上に置かれ、牛のうしろは皆内に向かっていた。』(1列王記7:23-25)
五キュビトの高さは、180cmの成人男性が、ばんざいした程の高さで、器の厚さは手のひらほど。
これ全部、青銅製である。青銅の器としては、かなりの大きさだ。
『海の厚さは手の幅で、その縁は杯の縁のように、ゆりの花に似せて造られた。海には水が二千バテはいった。』(1列王記7:26)
1バテは23リットルなので、46000リットルの水がその「海」に入った。
日本のガソリンを運ぶタンクローリーは大体20000リットルなので、その2倍の水が入ったのだ。
彼はさらに、洗盤を10個作る。
『また青銅の台を十個造った。台は長さ四キュビト、幅四キュビト、高さ三キュビトであった。・・・四つの車輪は鏡板の下にあり、車軸は台に取り付けてあり、車輪の高さはおのおの一キュビト半であった。車輪の構造は戦車の車輪の構造と同じで、その車軸と縁と輻と轂とはみな鋳物であった。』(1列王記7:27-33)
これら、洗盤をのせるための台は、縦横180センチメートルほどであり、風呂桶を大きくしたくらいのサイズで、車輪がついていて、移動が出来る。
これら、神殿の調度品のために用いられた青銅の分量は、はなはだ多かったため、ソロモンは分量を計らなかった。
また、ずっと後の時代、エルサレムがバビロンによって陥落した時、神殿の柱や「海」をカルデヤ人は破壊してバビロンへ運び去ったが、その青銅の分量はあまりに膨大だったため、彼らも計る事をしなかった。(2列王記25:13-16)
『このようにして十個の台を造った。それはみな同じ鋳方、同じ寸法、同じ形であった。また青銅の洗盤を十個造った。洗盤はおのおの四十バテの水がはいり、洗盤はおのおの四キュビトであった。十個の台の上にはおのおの一つずつの洗盤があった。その台の五個を宮の南の方に、五個を宮の北の方に置き、宮の東南の方に海をすえた。』(1列王記7:37-39)
このように、大きな「海」と、小さくて移動可能な「洗盤」十個を造り、神殿の庭に置いた。
これらのものは、祭司が神殿の務めに入る前に、身を浄めるためである。
主がモーセに幕屋建設を命じた時、祭司が聖なる所で務めに入る前には、水で洗いきよめるよう命じており、そのために、洗盤を造るよう指示されている。
『あなたはまた洗うために洗盤と、その台を青銅で造り、それを会見の幕屋と祭壇との間に置いて、その中に水を入れ、アロンとその子たちは、それで手と足とを洗わなければならない。彼らは会見の幕屋にはいる時、水で洗って、死なないようにしなければならない。また祭壇に近づいて、その務をなし、火祭を主にささげる時にも、そうしなければならない。すなわち、その手、その足を洗って、死なないようにしなければならない。これは彼とその子孫の代々にわたる永久の定めでなければならない」。』(出エジプト記30:18-21)
祭司が祭壇での務めをする前に、手足を水で洗い浄める事は、「永遠のおきて」として定められている。
だからソロモンも、祭司たちのために、これらのものを造らせたのだ。
祭司たちが務めの前に水で洗い浄める理由は、「死なないため」だと主は言っている。
祭壇や幕屋での奉仕は、それ程までに聖なる務めであり、清めないまま聖なる奉仕をする事は、主の怒りを招く事である。
今、私達も、主の務めを為すにあたって、かの祭司たちのように、清められた状態であるべきである。
私達は、どのような”水”によって身を清めるのか。
それは、キリストが語られた御言葉の水によって、であり、それは既に主が為して下さった。
『あなたがたは、わたしが語った言葉によって既にきよくされている。わたしにつながっていなさい。そうすれば、わたしはあなたがたとつながっていよう。枝がぶどうの木につながっていなければ、自分だけでは実を結ぶことができないように、あなたがたもわたしにつながっていなければ実を結ぶことができない。・・・わたしから離れては、あなたがたは何一つできないからである。』(ヨハネ15:3-5)
『キリストがそうなさったのは、水で洗うことにより、言葉によって、教会をきよめて聖なるものとするためであり、また、しみも、しわも、そのたぐいのものがいっさいなく、清くて傷のない栄光の姿の教会を、ご自分に迎えるためである。』(エペソ5:26)
私達は、御言葉なるキリスト抜きには、浄められない。
もしキリストに繋がっていないのなら、主の御前に何も出来ないし、そして、しようとしてはならない。
だから、信仰が無い人は、いくら楽器の演奏が巧みだからと言って奏楽奉仕に任じてはならないし、会計やマネジメント力があるからと言って、教会運営を任せたりすると、大変な事になってしまうのだ。
私達は、世という旅路を歩いて来る時、どうしても、世や人々から罪や汚れを受けてしまう。
その汚れを、主は清めて下さった。
『夕食の席から立ち上がって、上着を脱ぎ、手ぬぐいをとって腰に巻き、それから水をたらいに入れて、弟子たちの足を洗い、腰に巻いた手ぬぐいでふき始められた。・・・
ペテロはイエスに言った、「わたしの足を決して洗わないで下さい」。イエスは彼に答えられた、「もしわたしがあなたの足を洗わないなら、あなたはわたしとなんの係わりもなくなる」。シモン・ペテロはイエスに言った、「主よ、では、足だけではなく、どうぞ、手も頭も」。イエスは彼に言われた、「すでにからだを洗った者は、足のほかは洗う必要がない。全身がきれいなのだから。あなたがたはきれいなのだ。しかし、みんながそうなのではない」。』(ヨハネ13:4-10)
私達はイエス様に足を洗ってもらいっぱなしになっていてはならない。イエス様は、私達も互いにそのようにするようにと、模範を示されたのだ。
だから私達もイエス様にならい、兄弟姉妹どうし、御言葉の水でもって、互いに洗い合うべきであり、それはすなわち、御言葉という水によって霊的汚れを示し、教え、戒め、訓戒し、そして、イエス様の名によって祈り、きよめる事なのだ。
神殿の柱(1列王記7:13-22)
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13節以降は、神殿の諸々の調度品を造って行く過程が記されているが、まずは、それらを造るための特別な人の選別が行われた。
『ソロモン王は人をつかわしてツロからヒラムを呼んできた。彼はナフタリの部族の寡婦の子であって、その父はツロの人で、青銅の細工人であった。ヒラムは青銅のいろいろな細工をする知恵と悟りと知識に満ちた者(he was filled with wisdom and understanding and skill in working)であったが、ソロモン王のところにきて、そのすべての細工をした。』(1列王記7:13)
この銅細工人ヒラムは、ツロの王のヒラムとは別人であり、彼の父はツロの銅細工の職人、母はユダヤ人である。
おそらく、父からはツロの銅細工の技術を学び、母からは信仰を受け継いだのだろう。
荒野の幕屋の場合も、そのような、特別な技術や知恵を主から与えられた人が主から名指しされ、建設に当たるよう命じられている。
『主はモーセに言われた、「見よ、わたしはユダの部族に属するホルの子なるウリの子ベザレルを名ざして召し、これに神の霊を満たして、知恵と悟りと知識と諸種の工作に長ぜしめ、工夫を凝らして金、銀、青銅の細工をさせ、また宝石を切りはめ、木を彫刻するなど、諸種の工作をさせるであろう。見よ、わたしはまたダンの部族に属するアヒサマクの子アホリアブを彼と共ならせ、そしてすべて賢い者の心に知恵を授け、わたしがあなたに命じたものを、ことごとく彼らに造らせるであろう。』(出エジプト記31:1-6)
彼らのような人は、「これこれのものを造りなさい」と言われたら、そのために必要な材料や手順も、全部、頭の中でイメージが組み上がるものだが、そのような知恵や技術、匠の技などの得意分野は、主から与えられるものであり、その与えられる能力を聖書では「賜物」と言う。
神の国の建て上げは、主から賜物を与えられた人がおのおの、それを発揮し合って建て上げていくものである。
『主は一つ、信仰は一つ、バプテスマは一つ。すべてのものの上にあり、すべてのものを貫き、すべてのものの内にいます、すべてのものの父なる神は一つである。しかし、キリストから賜わる賜物のはかりに従って、わたしたちひとりびとりに、恵みが与えられている。そこで、こう言われている、/「彼は高いところに上った時、/とりこを捕えて引き行き、/人々に賜物を分け与えた」。』(エペソ4:5-8)
ヒラムが造った中で、真っ先に記されているものは、神殿を支える二本の大きな柱だった。
『彼は青銅の柱二本を鋳た。一本の柱の高さは十八キュビト、そのまわりは綱をもって測ると十二キュビトあり、指四本の厚さで空洞であった。他の柱も同じである。また青銅を溶かして柱頭二つを造り、柱の頂にすえた。その一つの柱頭の高さは五キュビト、他の柱頭の高さも五キュビトであった。・・・この柱を神殿の廊に立てた。すなわち南に柱を立てて、その名をヤキンと名づけ、北に柱を立てて、その名をボアズと名づけた。』(1列王記7:15-21)
ヤキンは「主が設立する」、ボアズは「力のうちに」の意味がある。
これら、特別な名前がつけられた柱は、神殿を支える重要な部分だった。
教会にも、柱と見られる人がいる。
使徒パウロは言っている。
『そして、かの「重だった人たち」からは――彼らがどんな人であったにしても、それは、わたしには全く問題ではない。神は人を分け隔てなさらないのだから――事実、かの「重だった人たち」は、わたしに何も加えることをしなかった。・・・”柱”として重んじられているヤコブとケパとヨハネとは、わたしとバルナバとに、交わりの手を差し伸べた。そこで、わたしたちは異邦人に行き、彼らは割礼の者に行くことになったのである。』(ガラテヤ2:6-9)
初代教会では、イエス様の12弟子だったヤコブやケパ(シモン・ペテロ)、ヨハネが「柱」として重んじられていた事がここから分かる。
そのように、柱のように重要な役割を担っている人が教会にはいるが、しかし「ヤキンとボアズ」の二本だけでは神殿を支えられず他の柱も必要であるように、人とは完全なものではなく、柱となっている彼らを支える人もまた、必要なのである。
パウロは、柱とされていたケパが非難すべき事をした時は、叱責によって彼を支えた。(同11-14節)
私達も、”聖所における柱”になることができる。
『勝利を得る者を、わたしの神の聖所における柱にしよう。彼は決して二度と外へ出ることはない。そして彼の上に、わたしの神の御名と、わたしの神の都、すなわち、天とわたしの神のみもとから下ってくる新しいエルサレムの名と、わたしの新しい名とを、書きつけよう。』(黙示録3:12)
勝利を得る者、聖所の柱となって新しい名が記される人とは、どのような人であるのか。
『わたしは、あなたのわざを知っている。見よ、わたしは、あなたの前に、だれも閉じることのできない門を開いておいた。なぜなら、あなたには少ししか力がなかったにもかかわらず、わたしの言葉を守り、わたしの名を否まなかったからである。・・・忍耐についてのわたしの言葉をあなたが守ったから、わたしも、地上に住む者たちをためすために、全世界に臨もうとしている試錬の時に、あなたを防ぎ守ろう。』(黙示録3:8-10)
すなわち、主の言葉を忍耐して守り、主の御名を否まない人、そのような人は、勝利し、聖所の柱として用いられ、主の御そば近くから離れる事なく仕える事が出来、そして、世に来るべき試練の時に、主によって守られるのだ。
ソロモンの宮殿(1列王記7:1-12)
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『またソロモンは自分の家を建てたが、十三年かかってその家を全部建て終った。』(1列王記7:1)
ソロモンは、神殿のほかに、自分の住む家であり、仕事場でもある「宮殿」も建てた。
神殿は建てるのに七年要したが、宮殿は、十三年もかかった。
『彼はレバノンの森の家を建てた。長さ百キュビト、幅五十キュビト、高さ三十キュビトで、三列の香柏の柱があり、その柱の上に香柏の梁があった。四十五本の柱の上にある室は香柏の板でおおった。柱は各列十五本あった。また窓わくが三列あって、窓と窓と三段に向かい合っていた。戸口と窓はみな四角の枠をもち、窓と窓と三段に向かい合った。また柱の広間を造った。長さ五十キュビト、幅三十キュビトであった。柱の前に一つの広間があり、その玄関に柱とひさしがあった。』(1列王記7:2-6)
ソロモンの家である宮殿は、長さ百キュビト、幅五十キュビトで、神殿よりももっと大きかった。
主を礼拝する神殿よりも、ソロモンの住む家のほうが、大きさにおいても建築年数においても勝っていたからと言って、ソロモンはこの時から主をないがしろにしていた事にはならない。
神殿は、主が荒野でモーセに示された「幕屋」が元となっており、幕屋は、主から特別に「このように造りなさい」と、寸法や材料に至るまで細かく指示されていたため、逸脱してはならない寸法や造作があったのに対し、ソロモンが住む家は、彼が自由に設計し建築できるものだったのだ。
一キュビトおよそ45cmであるので、ソロモンの宮殿は、長さ45メートルほどである。
現代建築に比べれば決して大きいとは言えないが、当時の技術と用いられた材料からすれば、かなり豪勢なものであった。
もし、国の中にまだ助けるべき貧しい人がいるにもかかわらず、重税を取り立て、自分だけが豪勢な宮殿を建てるという事なら、問題であったろう。
しかし当時、全イスラエルは富んでおり、潤っていた。
主がそこまでイスラエルを祝福し、王であるソロモンに大いなる栄光と富を与えられた、というのであれば、それに相応しい豪華絢爛な宮殿を建てるのは至極当然であり、内外に対して、主と主の国イスラエルの威光を示す事になる。
多くのお金も、富む事も、元々悪い事でも良い事でもない。
ただ、これを得ようとして主を忘れてしまう危険性があるものではある。
事実、ソロモンの人生の後半は、神である主よりも、女を愛し、偶像礼拝に陥ってしまい、せっかく与えられた全ての贅沢な物事は、全て、むなしいものとなってしまった。
『この世で富んでいる人たちに命じなさい。高ぶらないように。また、たよりにならない富に望みを置かないように。むしろ、私たちにすべての物を豊かに与えて楽しませてくださる神に望みを置くように。また、人の益を計り、良い行ないに富み、惜しまずに施し、喜んで分け与えるように。』(1テモテ6:17)
『これらはみな内外とも、土台から軒まで、また主の宮の庭から大庭まで、寸法に合わせて切った石、すなわち、のこぎりでひいた高価な石で造られた。また土台は高価な石、大きな石、すなわち八キュビトの石、十キュビトの石であった。その上には寸法に合わせて切った高価な石と香柏とがあった。』(1列王記7:9-11)
神殿と宮殿とは、素材や工法において違う。ソロモンは神殿と宮殿を、聖と俗という点で区別したのだ。
ソロモン宮殿は、のこぎりで引かれた石や香柏を素材としており、世俗的な工法が用いられたのに対し、神殿は、石切り場で整えられた石が用意され、建築現場では鉄器が一切使われず、静かに組み立てられ、内面にはケルビムの装飾や純金が施されるなど、聖別された材料や工法が用いられた。
『またソロモンはみずから審判をするために玉座の広間、すなわち審判の広間を造った。床からたるきまで香柏をもっておおった。ソロモンが住んだ宮殿はその広間のうしろの他の庭にあって、その造作は同じであった。ソロモンはまた彼がめとったパロの娘のために家を建てたが、その広間と同じであった。』(1列王記7:7-8)
ソロモンは、彼の仕事の場と生活の場を造り、そして特に、彼がめとったパロの娘のために家を建てた事が、記されている。
『ソロモンはパロの娘をダビデの町から連れ上って、彼女のために建てた家に入れて言った、「主の箱を迎えた所は神聖であるから、わたしの妻はイスラエルの王ダビデの家に住んではならない」。 』(2歴代誌8:11)
夫婦は本来、ひとつであるはずなのに、妻と一緒に聖なる所に住めない、というのは、なんとも寂しい事である。
彼が最初からヘブル人の女性と添い遂げていれば、そうならなかったものを、と思われる。
彼の代表的な妻は、どうやらこのエジプトのパロの娘だったようであるが、後にはさらに、七百人の王妃と三百人のそばめを持つようになり、さらに後には、ソロモンは彼女たちによって心が主から転じてしまい、ついには、女にそそのかされる形で、イスラエルを堕落と滅びへと向かわせてしまった。
結局、大事な事は、主を第一として愛しているかどうかなのだ。
富や女、その他、世のものを「愛する」時、健全な信仰から引き離されてしまう危険性が潜んでいる事に、我々は注意すべきである。
『世と世にあるものとを、愛してはいけない。もし、世を愛する者があれば、父の愛は彼のうちにない。すべて世にあるもの、すなわち、肉の欲、目の欲、持ち物の誇は、父から出たものではなく、世から出たものである。世と世の欲とは過ぎ去る。しかし、神の御旨を行う者は、永遠にながらえる』(1ヨハネ2:15-17)
神の国とその義とを第一に求めるなら、世のものは「加えて」「付随的に」与えられるものであって、結局第一とすべきは、神の国と神の義なのだ。
